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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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「片桐あたりが変な冗談を言ってるだけだろう。あいつは本当にお調子者だから。ただ……」
 真顔に戻った日垣の切れ長の目が、真っすぐに美紗を見つめた。
「今いる世界でどこまでやれるか、全力で試してみたい、という気持ちがあったのは、確かかもしれない」
「日垣さん……」
 胸の奥に微かな痛みのようなものを感じて、美紗は唇を噛んだ。前の年の冬、この馴染みのバーの席が空くのを屋上で待ちながら、二人で夜の街を眺めていたことを思い出す。
 青年だった日垣貴仁が抱いた夢は、手を伸ばすことさえ許されぬ遠いところにあった。それを知らずに長い時を費やして得たものは、夢を諦める虚しさと、同じ夢に向かって歩む他者を見送る悲しさだけだった。年月を経て新しい夢に出会った彼が、今度こそそれを叶えたいと思うのは、至極当然のことだろう。
 あの時、遠い昔話を語る日垣は、穏やかに笑っていた。それが切なくて、美紗は夜風に吹かれながら涙をこぼした……。

「……パイロットを目指していらしたこと、奥様はご存じなんですか?」
「そういえば、話したことは、なかったな」
 あの時と同じ、静かな眼差しが、少し照れくさそうに笑う。
「今は、双方『お互いさま』で、気兼ねなくやっているよ。妻は長い間、子供たちのことをすべて一人で引き受けて、私の実家のことにまで世話を焼いてくれている。離れて暮らすことは多かったが、妻なりに出来る範囲のことを立派にやってきてくれたのだから、有難いと……」
 日垣はふと言葉を途切れさせた。美紗の手の中で、深い青を湛えたカクテルグラスが、涙色に光っていた。
「……変な話を聞かせてしまったね」
「いえ、あの、すみません……」
「鈴置さんは、……優しいね。私の思いも、妻の気持ちも、分かってくれる……」
 美紗は、日垣の言葉には答えず、静かに泣いた。期待に応えられなかった者を慈しむ彼の言葉に安堵したせいなのか、日垣夫妻のように絆を深めることのなかった自分の両親を悲しく思い出したせいなのか。それとも、家族を想う日垣貴仁の姿を見るのが辛かったからなのか、自分でも分からなかった。