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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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(第七章)ブルーラグーンの資格(7)-奇妙な打診



 九月の半ばになっても、東京は痛いほどの日差しに照り付けられていた。それから逃れるように、美紗は足早にコンビニが入る厚生棟へと向かった。統合情報局が入る建物から厚生棟までは、やや広い道をひとつ隔てた距離しかないが、そこを歩くだけで汗をかいてしまいそうになる。
 地下通路を使えばよかった、と後悔していると、後ろから聞き慣れた声に呼び止められた。
「鈴置さん、今から昼メシ?」
 直轄チーム先任の佐伯が、半袖Tシャツに短パンという格好で立っていた。この炎天下にランニングしてきたらしい。アスファルトから立ち上る陽炎のせいなのか、ひょろりと背の高い身体が、すっかり伸びきって揺らいでいるように見える。
「今日も走っていらしたんですか?」
 露骨にげんなりした顔で見上げる美紗に、佐伯はキャップ帽を取りながら頷いた。
「エアコンの効いた部屋でずっと座ってると、どうも体を動かしたくなっちゃいましてね。でも、今日はちょっと暑いから、いつもの迎賓館コースは止めて、敷地の中をぐるっと」
 防衛省の中を一周するだけでも1.5㎞近くありそうだが、相変わらず丁寧な物腰の佐伯は、大して息を切らしているふうでもない。
「小坂3佐が心配されてましたよ。熱中症になるって……」
「あいつこそ走ったほうがいいのになあ。はっきり言って、小坂の奴、少しは体形気にした方がいいと思うでしょう?」
 美紗は、小坂のずんぐりしたシルエットを思い浮かべ、あいまいな相槌を返した。佐伯は口元にいたずらっぽい笑みを浮かべると、首にかけてあるタオルで額の汗を拭った。そして、タオルを頭に当てたまま、周囲をちらりと見回した。
「そういえば鈴置さん。渉外班に興味あるんですか?」
「……事業企画課の、ですか?」
「そう。時々レセプションなんか行ってタダ飯食えるトコです。ああ、タダ酒もね」
「いえっ、私は別に……」
 慌てる美紗に、佐伯は珍しく表情を崩して笑った。在京フランス大使館のレセプションの話を「直轄ジマ」でしていたのは、二か月以上も前のことだ。その時、日垣の「奥様代理」としてレセプションに同行する機会を掴み損ねた美紗は、軽口の多い小坂のおかげで、食い意地の張った女を演じる羽目になった。早く忘れてほしいことほど、周囲の人間はよく覚えている。