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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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 経験の長いベテラン勢を制するように有能ぶりを発揮していた三十代半ばの「吉谷女史」には、その当時、付き合い始めて七、八年になる相手がいた。しかし、なかなか結婚には踏み切れずにいた。統合情報局に入った後、最短期間で「女性初」の専門官となった彼女にとって、結婚は諸手を上げて喜べる話ではなかった。その当時から産休育休の制度が充実していた防衛省でも、重要な仕事を担う多忙なポストからは既婚女性を原則除外するという不文律があったからだ。
 子供がいればなおさら働き方は限られる。家庭環境にもよるが、世間一般には、子供のために定時退社を余儀なくされ頻繁に休みを取る羽目になるのは、圧倒的に女性側である。問題の是非はともかく、そのような理由で有能な人材が第一線から退いていくケースは、決して少なくない。

「吉谷女史も、本当は同じ立場の人間に相談したかったんだろうが、何しろ当時は、結婚している女性職員が周囲にほとんどいなかったからね。女性の専門官は皆無だ。それで私に、『男の立場』でいいから意見をくれと……」
 そこまで言って、日垣はまた前髪に手をやった。いつもの仕草を見つめながら、美紗は、小さく息を吐いた。このバーで会っていたかもしれない二人の会話が想像とは違っていたことに、安心感を覚えた。
「吉谷さんがそんな話をされてたなんて、なんだか……意外です」
「変な質問をするものだと私も思ったんだが、当人はいたって真面目でね。『結婚して後で相手を恨むくらいなら、結婚しないまま付き合っているほうがいいんじゃないか』というようなことを言うんだ。だから、こちらも正直に、『それは虫が良すぎる』と答えた」
「……厳しいんですね」
 つい思ったままを口にし、美紗は慌てて口元に手をやった。日垣はクスリと笑った。
「今なら、もう少しマシな言い方もできたかもしれないが……。やはり君も、この答えは気に入らないようだね」
「いえ、そんな、わけでは……」