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記憶が意識を操作する

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「お前、いつも防波堤にいるけど、ずっと見ていて楽しいか?」
 と、聞かれた時も、同じことを答えていた。
 質問に対して正確な回答ではないことに、質問した方も、
「なんじゃそりゃ」
 としか言えなかったが、心の中では、
――まあ、確かにそうだわな――
 と、納得させていたのも事実だった。
 そんな相手の心の声が聞こえたのか、その時の中西少年の顔は、普段することのない「したり顔」だった。
 防波堤では、座っていることもあれば、肘をついて横になっている時もある。別に決まっているわけではないが、潮の匂いを感じない時間帯になると、肘をついて横になっていることが多かった。
――横になって見ると、空と海がより立体的に見えるんだよな――
 と思っていた。
 立体的に見えるということは、それだけ空が遠くに感じられるということで、
――海と空の間に、大きな隙間があるんじゃないか?
 と、中西少年は真剣に考えていた。
 中西少年がそんなことを考えるようになったちょうどその頃、中西少年は、誰かの視線を感じるようになっていた。それがどこから来るのか分からなかったが、怖いとは思わなかった。見られていると言っても、それほどきつい視線ではなく、どこか暖かい雰囲気を感じたのは、気のせいだったのだろうか?
 中西少年が、横になって海を見ているちょうどその時、中西少年の頭を向けた先の方から、足音が聞こえてきた。最初は、足音に気付くこともなく、集中していた。それは海からの潮風が来なくなったことを意識しなければならないための集中だった。本当は集中しなくても感じることはできるはずなのだが、集中することが無風状態を、
――自分が味わうため、そこにいる――
 という自分を納得させる理由にするためだった。
 それでも、足音はそんな中西少年の気持ちを知る由もなく近づいてくる。
 中西少年は、足音がする方を振り向いた。足音に気付かなかったはずなのに、気が付いた瞬間、最初から足音に気付いていたような気がしたのだから、おかしなものである。
 そこには、一人の少女が立っていた。
 その女の子は、キョトンとした表情で、
「何してるの?」
 と、言いたげだった。
 口元を見ている限りでは、確かにそう言ったような気がしたが、声を聞いたわけではない。それでも、彼女の声を感じたように思えたのは、彼女の声がまるで蚊の鳴くような弱さであることを知ったからである。
――こんな声をする女の子がいたんだ――
 彼女の声を初めて聞いたのは、
「こんにちは」
 という言葉だった。
 その時は普通の発声だったはずだ。それなのに、最初から、消え入りような小さな声が印象として残ってしまったのは、きっと最初に聞いたか聞いてないか定かではない防波堤で自分を見下ろした時に動かした口元から想像した声があったからだった。
――この子を守ってやりたい――
 と、中西少年は思った。
 しかし、最初に見た時の印象から、
――何から彼女を守ろうというのだろう?
 と思った。
 本当であれば、「何から」などという言葉は生まれてこないはずだ。初めて会った相手に感じることではないことくらい、分かりそうなもののはずなのに、どうしてそう思ったのか、
――まるで親心のようじゃないか――
 という、不思議な気持ちになった。
 ただ、この気持ち、間違いではなかったことを将来に知ることになるのだが、この時の中西少年には、
――彼女の神秘性が感じられることだ――
 という意識にさせるに十分であった。
「お嬢様、大丈夫でございますか?」
 下から、一人の男性の声が聞こえた。年配の男性であることは察しがついたが、お嬢様と呼ばれた彼女は、それが自分のことであるという意識がないかと思うほど、年配の男性の声に一切の動揺はなかった。
 女の子を見上げた中西少年は、彼女の表情が笑っているように見えるが、そのわりに不自然であることに気が付いた。横になっているから不自然に見えるということは、すぐに分かったので、肘を伸ばして、一度本当に横になり、それから、再度起き上がってみた。かなり時間が掛かったような気がしたが、実際にはあっという間のことだったようだ。
 見下ろされているのに、劣等感を感じなかった。今までの中西少年は、勉強ができないことから劣等感の塊だった。
――自分が納得できないことだから、勉強ができない――
 という理屈を分かった上で、
――他の人と同じでは嫌だ――
 という、繋がるだけの理屈を持っていながら、意識だけは、まわりから見下ろされていることに対して劣等感を持っていたのだ。
 劣等感というのは、厄介なもので、一度感じてしまうと、それを払拭することはなかなか難しい。無意識のうちに徐々に劣等感は膨らんでくる。そのことを自覚できないことが払拭できない一番の理由になっていた。
 だが、優越感も同じであることに徐々に気が付いていった。そのことが中西少年がまわりに敵を作る原因になってくるのだが、分かってきた時には、すでに遅かったりもした。
 だが、その思いがあったせいで、子供の頃の記憶が、ある時を境に、まるでそこに段差があるかのように遠い記憶になってしまったことを感じたのも事実だった。
 それはまるで、海を見ていた時に感じた、
――海と空の間に、大きな隙間があるんじゃないか?
 という思いであった。
 それを感じた時、中西少年は、
――記憶は立体感のあるものだ――
 ということが分かった時であった。
 しかも、記憶に立体感があるというのは、平面の記憶が折り重なって一つの立体になっていることを示すものに他ならなかった。
 だが、この時、さらなる疑問が浮かび上がった。
――平面は高さがないもの。いくら積み重ねても立体にはならないんじゃないか?
 と思っていたことだった。
 そのことを人に話すと、
「一枚の紙であっても重ね合わせていくと本になるだろう?」
 という答えが返ってくる。確かにその人の言う通りであった。しかし、中西少年が違和感を感じているのは、
――紙は本当に平面なのか?
 という思いであった。まるで「一足す一は二」の発想である。
 平面というものの定義を、
――厚みのないものだ――
 として考えている中西少年は、最初から次元という発想を感じているのかも知れない。
 中西少年は、女の子から声を掛けられた時、感じなかった劣等感がそのまま彼女への優越感に繋がった。
――劣等感がなければ、優越感が存在すると言うわけではないはずなのに――
 と感じたが、彼女との関係は最初から、同等のものではなかったような気がした。
 だが、自分が声を掛けてきた時、暖かいものを感じたことで、自分に感じた優越感は、
――この人を守ってあげたい――
 という思いが強かったことから生まれたことのように思えた。
 気が付けば、彼女の屋敷に招かれていた気がしたのだが、彼女からお誘いの言葉を受けたという意識はなかった。まるで、
――懐かしい場所に帰ってきた――
 という感覚を味わったのだが、中西少年は、自分がそこまで厚かましい人間だとは思っていなかった。
 もちろん誘いを受けて、断る理由もなければ、そのままついていくだろう。特にこの時代の大人の考え方から、
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次