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記憶が意識を操作する

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                 第一章 別荘の少女

 昭和四十年代前半、世の中にはいろいろなものが溢れ、古いものと新しいものが共存する世界ではなかっただろうか? 進歩するものはどんどん新しくなり、古いものは相変わらず。古いよきものだけがそのままならいいのだが、悪しき伝統までそのままだったりするから厄介だ。少年時代の中西恭三は、自分のことを何も分からないまま成長している自分に疑問を持っていた。
 ただ一つ言えることは、
――他人と同じでは嫌だ――
 という思いを持っているくせに、他人のことはおろか、自分のことも何も分かってない自分に、嫌気が差していたということだった。
――皆、理解して生きているのかな?
 と考えたりもした。
 それは、まわりのことも含め、自分のことを分かっているのかということであり、いつも余計なことばかりしか考えていないと思っていることから、
――またしても、余計なことを考えているんだ――
 と、奇妙な堂々巡りを繰り返していることに、思わず苦笑していた。
 ただ、余計なことを考えている自分が嫌いではなかった。余計なことというのは、他の人が考えるようなことではないだけに、
――他人と同じでは嫌だ――
 という思いに沿っているというのは、皮肉なことだった。
 そこまで考えることができるくせに、自分のことが分からないというのは、
――意外と自分のことをいうのが、一番難しいことなのかも知れない――
 と感じていた。
――自分のことが分かってこその他人のことだ――
 という考えも間違っていないと思っている。だからこそ、前に進まないのであって、中西少年にとって、余計なことを考えることと並んで、
――奇妙な堂々巡りを頭の中で繰り返している――
 ということでもあった。
 中西少年がもう一つ自分に懸念を持っていたのは、
――何に興味を持っていいのか?
 ということだった。
 興味を持っていいかという考え方自体が、まるで他人事なのだが、それは何かに興味を持つということがそれまでになかった証拠でもあった。
 幼少の頃から、
「あなたは、何にでも興味を持っていたわね」
 と、母親から言われていたが、当の本人はそんな意識はない。幼少の頃の意識など、ハッキリと覚えているわけでもないため、自分だけに言えることではなく、皆同じことだと思っていた。
――どうして俺は無意識に、人と比較してみたくなるのだろう?
 もし、これが意識的であれば、こんな疑問を浮かべることはなかったに違いない。しかし、これが無意識であることから、自分に疑問を感じるのだ。
 ただ、そのことが自分の中にある、
――他の人と同じでは嫌だ――
 という自分の基本的な性格に行きつくということだと、その時初めて考え方が結びついたのだ。
 中西少年は、まず自分に興味を持つということよりも、自分が何に興味を持つかということが一番大切だということに気が付いた。そして、改めて考えてみると、何に興味を持っているか、自分の中でどこにも発見できなかった。
 勉強もできない。それはできないわけではなく、興味がないくせに、疑問ばかりが頭にあるために、最初の段階から先に進まない。分かってしまえば、簡単に先に進むことができるはずなのに、どうして先に進まないのか、自分でも悔しく思うほどだ。
 たとえば算数、
「一足す一は二」
 こんな当たり前のこと、考えるまでもないはずだ。
 だが、中西少年は考えてしまった。
――どうして、一足す一は二なんだ?
 その答えは、どこからも出てこない。先生に聞いても、困ったような顔をされてから、左右の手の人差し指をそれぞれ立てて、
「ほら、この一足す一が……」
 と、両方の指を合わせてみた。
「ああ、なるほど」
 とでも、中西少年が言うとでも思ったのか、したり顔の先生に向かって、
「じゃあ、それは、一であり二であるというのは、どうやって証明するんですか?」
 考えてみれば、何とも憎らしい少年である。
 自分でもその時中西少年は憎らしいと感じた。しかし、決してしたり顔はしていなかった。真剣そのものの顔をしていたのだろう。もし、その時中西少年がしたり顔をしていたとすれば、先生は苦笑いを浮かべただろう。しかし、先生が中西少年にした表情は、真剣な表情からの恐怖を帯びた表情だった。
 子供の中西少年に、それが本当は怯えの表情であるということは分からなかった。ただ、先生のその時の顔が尋常ではないことだけは分かっていた。
 中西少年が恐怖の表情を初めて感じるまでに、それからあまり時間を感じなかっただろう。それも、先生が中西少年にした表情がなかったら、恐怖の表情を初めて感じることもなく、疑問を感じたまま過ぎていたかも知れない。もし、そうだったとするならば、それ以後の中西少年の人生、いや、この物語自体が成立していなかっただろう。中西少年の感じることの一つ一つが、この物語では重要な意味を果たしているのだろう……。
 中西少年は、忘れっぽいところがあることを、自分でも気にしていた。
 学校で出された宿題を忘れていくこともしょっちゅうで、先生から、
「どうしてやってこないの?」
 と、言われても、
「忘れていました」
 というのがやっとだった。その言葉が先生には、
「宿題をするのを忘れていた」
 ということだと思っていたのだろうが、中西少年としては、
「宿題自体があったことを忘れていた」
 と言いたかった。
 だから、中西少年の目は澄んだ目をしていた。
――この子は、自分が宿題をするのを忘れていたくせに、何という目をするの?
 と思ったことだろう。それなのに、こんな澄んだ目をされては、それ以上責めることは、責めている方が辛くなるような思いである。
――やっぱりこの子は、何かある――
 と、何人の先生がそう思ったことだろう。中西少年は勉強はできなかったが、なぜか先生たちや、大人たちの間で強い印象を持たれることの多い存在だったのだ。
 そんな時だっただろうか。あれは、中西少年がまだ小学三年生の頃のことだった。中西少年は、住んでいた家の近くの防波堤で、いつも海を見ていた。
 中西少年は、本当はあまり海が好きではなかった。潮の匂いを感じると、頭痛がしてくることがあったからだ。それなのに、学校が終わってから家に帰るまで、いつも防波堤から海を見ていたのは、夕日を見たかったからではない。
「潮風を感じない時間があるんだ」

 と、普段は潮の匂いを感じたくないくせに、潮風を感じない時間を味わいたいがためだけに、防波堤にいる。
「それこそ、無駄な時間なんじゃないか?」
 と言われるかも知れない。
「でも、潮を感じる時間があるからこそ、潮の匂いや風を感じない時間を味わいたいと思うんだ」
 と、この時ばかりは、自分の意見をしっかり持っていた。
 要するに、中西少年は、
――自分で納得できるかできないか――
 ということがすべてで、興味があるかないかは二の次であった。
 中西少年は、潮を感じながら海を見ていると、
「この光景だけは、いくら年月が経ったとしても、変わりはしないんだ」
 と、自分に言い聞かせていた。
 実際に、この言葉は中西少年の口癖で、
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次