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晴天の傘 雨天の日傘

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 不安感に駆られたまま快晴は電車を下りて、街へ出た。今から雨を止める方法はないだろうか。幸い、早めに来ただけのアドバンテージはある。
「そうだ――」
 まず思い付いたのが、傘を買った店でもう一つ同じものを買えばいい。
「待てよ……」
快晴がそう考えた途端に、店の名前が頭からその部分だけが抜き取られたように思い出せない。ただ、猿が彫られた欄間があって、古い店ではあるが隅々まで清掃が行き届いていて、身なりの正しい店主がいて……。喉元まででかかっている店の名前と風景なのだが、その喉元だけが抜けようとしない。

 快晴は記憶を頼りに雨の街を練り歩いても、その店には一向にたどり着かない。歩いている内に不安が幻滅に変わって行き、快晴は今どの辺りを歩いているのか分からなくなっていた。

「ああ、参ったな……」
 あれだけ得意気に出発した自分と今のギャップを比べて恥ずかしくなった。少しイラついて頭をかきむしり、仕切り直しに首を強く横に振った。
 目を開けて、前を見る。街の真ん中の人混みの数十メートル向こうのその一点。快晴は何百何千もの人が流れているその中で、たった一か所に目が止まったかと。
「あれは――」

 快晴は人混みの中で見てはいけないものを見てしまった。
 見間違えるはずがない、あれは今日ここで会うはずの彼女なのだ。ただ、向こうはこちらに気づいていないようだが、快晴に背中を向けて離れて行くように歩いている。
 快晴は人混みをかき分けて彼女に近づこうと雨を気にせず走っていった。その差は徐々に縮まって行き、声を掛ければ聞こえるところの距離に来たところで快晴の足は急に止まってしまった。
「ま……、マジか――」

 目の前の彼女は、快晴に気付く素振りもなく別の男性と腕を組んで歩いているのだ――。

 気持ちが途切れた瞬間、快晴は雨が自分めがけて降っていることを感じた。

   * * *

 雨に濡れることで今まで長い間見ていた夢が覚めたように、周囲の喧騒や色とりどりの傘が往来していること、そして今自分のいる状況を再認識すると、無意識にひさしの下に身を逃した。

 今の状況では雨はやみそうにない。当初の予定もなくなったことは理解できた。いや、一人で試合を見に行くにしても時間はまだまだある。
 そう考えると今の快晴が立ち寄るところと言えば一つしかなかった。
 自分の立っているまさにこの場所、ここはよく知っている場所だ。ひさしから外に出て雨が顔にかかるのを忘れて見上げると、やっぱり営業していたのだ、あの喫茶店が。

   「『あまやどり』だ――」
 
作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔