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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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躑躅

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6

         
 鈴木は夕を訪ねたことを反省していた。夕を想う自分の感情の高まりから、夕のことも考えずに行動したことは、夕を苦しめたのではないかと思っていた。ただ、名刺が返されたことで、自分の名が夕に伝わっていないかもしれないとも思った。夕に会えないと思うと、鈴木の気持は抑えられないほど夕を慕っていた。自分は夕からみれば結婚の相手にされていなかったのだと思っていたが、今の状態なら鈴木はなんとか夕を説得できるような気持であった。
 夕の家を訪問して3カ月が経った。9月の初め、残暑が厳しい暑い日だった。トイレに入ると、清掃中の看板が入口に立っていた。別の階にと、下のトイレに行くと、そこも清掃中であった。覗くと、人が見えたので
「掃除してないトイレはどこか分かりますか」
と聞いた。
「2階3階は掃除中です」
 小便器を掃除しながら、顔は鈴木の方を観た。
「五月さん」
「鈴木さん。以前はごめんなさい」
「どうしてこんな仕事を」
「充実してますよ」
「五月さんには似合わない」
「今は仕事中ですから」
「帰る時福祉課に寄ってください。お願いします」
「分かりました」
 夕は仕事を終えると、福祉課に行き、喫茶店で待ちあうことを約束した。鈴木は自宅に戻り指輪を持ってくる時間が欲しかったが、夕は自分の帰宅時間が良いと言った。
 役所の近くの小さな店であった。窓際の棚に鉢植のさつきがあった。
「これは躑躅でしょう」
「盆栽仕立てだから、さつきでしょう」
「皐月と躑躅は同じに観える」
「皐月には黄色の花は咲かないらしいです」
「花が好きなんですね」
「聞きかじりです」
「思い出すわ。鈴木さんとの1年間」
「本当は指輪を持ってきたかったんです」
「失礼なことしてしまったわ。鈴木さんから頂いた指輪を売る気になったんですもの」
「渡したものですから気にはしていません。むしろ、チャンスをいただいたと思っています」
「子供の居ることも隠して、お付き合いしたこと悔やんでいます。最初から伝えてあれば、鈴木さんのプロポーズお受けしたと思います」
「僕の気持ちはあの時のままです」
「私には分からないのです。まるでこの皐月と躑躅の様に愛と結婚の違いが」
「愛から結婚し家庭を持つ」
「そんな単純かしら、勤務先の社長さんからも、お付き合い誘われているのよ」
「夕さんの返事を待ち続けます」
「きっとお爺さんになってしまうと思うわ」
「独身で過ごそうかな」
「来年の躑躅の咲くころまで待って下さい。筆が小学校に入ります。筆にも聞いてみますから」
 喫茶店を出た時、ジャスミンの香りを感じた。化粧もしていない夕から流れてくる爽やかな香りは、夕のプライドの様に鈴木は感じた。








  








































作品名:躑躅 作家名:吉葉ひろし