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Undressed

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Undressed

静かな波――
大人の世界ではそういったものの方が正しいんだろう?

俺達は川崎の高校の文化祭の打ち上げに横浜まで行くことにした。
文化祭で焼きそばを売ったり、葵(あおい)っていったら、焼きそば売るのに、お色気みたいな接客しちゃってさ、葵に続いて、芽衣(めい)もお色気みたいにお好み焼きを売って、なんか競争みたいになってさぁ。
ありえねえよ。だって葵は俺(翔)の彼女だし、芽衣も司(つかさ)の彼女だろ。
司は笑っていたけど、実のところ、ひやひやしていたと思うよ。俺も同じさ。
それなのに、豪(ごう)ってやつったらひどいよ。葵と芽衣をはやしたてて、エスカレートさせるんだよなあ。
そのとき豪のまえに森高っていう教師が現れたんだよ。森っていう教師は、森高明って名前だから、みんなで森高って呼んでんだけど、森高と豪はこの前ちょっと喧嘩みたいなになっちゃってね。

俺達の高校は偏差値三十くらいの川崎の私立の高校なんだけどね。授業をまじめに聴いてるやつなんざ、ほとんどいない。教室でUNOをやったり、みんなたいてい携帯いじってるね。教室の後ろの壁には夏が近づくと、サーフボードが立てかけられてるんだ。天気がいいと、そのまま、みんなサーフボードを持ち、小田急線で片瀬江の島まで行って、サーフィンをするからね。そのサーフボードをみんなで立てかけるもんだから、もう立てかける場所がなくてね。豪ったら教室の前、つまり、教壇の近くにサーフボードを立てかけたんだから、そしたら、森高のやつ怒ったねえ。
「お前らなんかはろくな大人にならないぞ。ろくな職業にもありつけないぞ」ってね。
 ひどいことをいうもんだねえ。

 俺達の先輩の卒業生だってみんな美容師や調理師、介護員とかちゃんとした職業についてるのにね。俺は同期じゃないけど、俺達の三つ上の内海先輩は、寿司屋で二年働いて、調理師になった。内海先輩は英語も勉強して、今年ロスにも行ったしね。ロスで日本料理屋で働いている。森高よりずっと凄いよ。
 森高は本当に俺達のことを見下している。
 俺達だってやるときはやるさ。しかもお前ら大人に一切たよらずに。
 
 まあ森高は俺達の前でヒステリックに怒ったんだよ。女みたいにヒステリックに怒るんだ。怒るのはいいんだけど。一言、
「まあ、近藤は別だがな」と付け加えたんだ。
「近藤は別だが」ってのが、豪の気に触れてね。近藤ってやつはクラス一の真面目ちゃんなんだけど、授業もいちいち、ノートに取って成績は学年トップらしいね。ウチのバカ校でトップ取ったってしょうがないだろう。ただ近藤ってやつは教師を目指していてね。森高にも一目置かれている。
 サーフボードのことで怒った森高に豪は、
「お前、俺達のことバカにしてんだろ!」
 そう言って食ってかかったね。豪の迫力は凄かったから、あいつは喧嘩で負けたことないし、森高のやつ、もう目が泳いでやがんの。でも、森高殴ったら退学だから、最後には豪のやつ食い下がったけどさ。
 
 そんな二人が文化祭で会うから、森高のやつ、豪がいるのを目で確認して、気づいておきながら、少しも気づいてないようなふりをするんだ。大人ってのはこれが卑怯だね。本当に気づいてないなら、まあいいよ。豪のいるのを気づきながら、言ってみれば森高にとって、豪はまだ子供だろ?子供相手に気づかないふりなんかよくできたもんだよ、森高は。

 サーフボードが教室に立てかけられている件は秋になれば解決するんだけど、俺達はとことん森高のことを嫌ったね。
 
 そしてみんな、文化祭でサーフィンの技術自慢や、友達の友達が芸能人だとか、芸能人とのつながりの自慢大会みたいになって。文化祭が終わって、葵と俺と芽衣と司で横浜に行ったんだ。その時はもう夜でね。山下公園を通ってビールを飲んだんだ。
 司が、「俺と芽衣と二人で中華街に行くから、葵と翔は二人で過ごしなよ」って言って、二対二(ニイニイ)で別れたんだ。
 俺と葵は二人で赤レンガ倉庫に向かったんだ。イベントをやっててね。俺はビールを飲んで、葵はカクテルを飲んだんだ。
 二人で教師の悪口を言ったり、司のみっともない話をして笑ったね。芸能人とのつながりの話もしたし、サーフィンの話もした。サーフボードを持って江の島に行くときも、葵と芽衣はついてくるんだけど、誰が本当にサーフィンがうまいかとか、二人で話し合ったね。
 俺達は川崎に住んでるんだけど、山下公園と赤レンガ倉庫は何度も来るからさ。山下公園は潮風が吹きつけるところだよ。不思議と風で潮の満ち引きの感覚が分かってくるんだよ。今は夜だし、潮が満ちてるんだって。

 俺達は大人のシステムに適応しないといけない。適応なんて言葉大嫌いだけどさ。
 大人になるにつれ沸き起こる不安なんて誰にもみせないよ。
 不安なんて死んでもひとにみせないよ。

 赤レンガ倉庫あたりで、月明かりが葵を照らしてさ。葵はカクテルを俺に差し出して、俺もそれを飲んで、また葵に渡し、葵のやつ、カクテルを口につけながら、シャム猫みたいな悪戯な視線でこう言うんだ。
「楽しいね」と。
                                 (了)
作品名:Undressed 作家名:松橋健一