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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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「今日、吉谷さん来てる?」
「いらしてますよ」
 美紗が振り返って総務課のほうを見ると、しかし、文書班長の吉谷綾子の姿はなかった。
「今たまたま席空けなんだと思いますけど……。吉谷さん見かけたら、連絡しますね」
「あ、いいよ。個人的な用だし。お仕事の邪魔してごめん」
 大須賀は手を振って美紗の厚意を断った。相変わらずボリュームのある胸が存在感を主張しているが、口調には普段の賑やかさが全くない。ご執心の第1部長の話題を持ち出すこともなく、あっさり部屋から出て行ってしまった。
 ちょうど電話を終えた宮崎は、大須賀のグラマーな後姿を見やり、ドアの自動ロックがかかる音を確認すると、受話器を置いて小坂のほうに身体を寄せた。
「ああいう目立つタイプは、気を付けないと」
「大須賀さんのこと? 何でです?」
「前に片桐1尉も言ってたけど、あの人は立ってるだけで目立つから、うかつに接触するとすぐ噂になる」
「あっはあ、確かに狭いトコですれ違おうとしたら、うっかり『接触事故』を起こしそうだ」
 下品な想像をした小坂は、だらしなく目を細めた。パソコンのモニター画面の向こうで高峰が咳払いをすると、宮崎のほうが首をすぼめて声を落とした。
「真面目な話だって。ここは部隊と違って女の人多いから、そういう噂はあっという間に広がるし、1佐クラスの耳に入ると後々面倒だよ」
「ここ、噂だけでアウトなんですか?」
「そこまでじゃないけど。たぶん、他のコと付き合えなくなる」
 三十代前半の男二人のひそひそ話を聞きながら、美紗は、十日ほど前に聞いた不快な噂のことを思い出した。美紗より数歳年上の八嶋香織が第1部長に抱きついた、という根も葉もない話を持ってきたのは、先ほど「直轄ジマ」に顔を出した大須賀だったが、片桐と宮崎もその話題を口にしていた気がする。確か、「目立つと周りが迷惑」というようなことを言っていた。てっきり、八嶋香織の話だと思っていたが、彼らの話題の対象は八嶋ではなかったのか……。
 その後、事実無根の噂はどうなったのだろう。日垣はすでに、不愉快極まりないであろうその話を、情報局内で耳にしたのだろうか。八嶋は、エレベーターホールで涙ながらに日垣に話そうとしていたことを、すでに彼に伝えているのだろうか。