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湯川ヤスヒロ
湯川ヤスヒロ
novelistID. 62114
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ユウのヒトリゴト[3]

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「ああ……全然行ってへんよ。姉ちゃんは? 水泳続けてるん?」
「たまに行くで。西京極にできたやん、おっきいプール。なかなかキレイやで」
「へぇ~」

 ボクも姉ちゃんも子供のころから水泳をやってて、中学高校も水泳部でした。ちなみに種目は姉ちゃんはバタフライ、ボクは自由形の長距離です。
 ボクがスイミングスクールに行きはじめたのは、たしか姉ちゃんの影響でした。姉ちゃんが通ってるからボクも行きたい。そんな感じでした。
 でも実力は全然違います。ボクがまだ息つぎや背泳ぎを習いはじめるくらいの級をなかなか合格できないころでも、姉ちゃんはドンドン進級していって、いつのまにか別枠の選手育成クラスにいてました。

「アンタも、水泳くらいしかスポーツでけへんねんから、続けとかんとカラダなまるで?」
「わかってるけど……」
「けど、なんや?」
「時間無いし、プール利用すんのも高いやんか」
 水泳はボクにとっては特技のひとつでもあります。姉ちゃんほどやないけど。今でも、100メートル走るより100メトール泳ぐほうが絶対に楽やん、なんて思うくらいですから。
 でも、このころはしんどかった学生時代の部活からようやく解放されたって思いもあって、わざわざ自分から泳ぎに行くなんて気持ちになんてなれませんでした。それにプールの利用料金も1回700円くらいやし。

 またまた姉ちゃんは大きくため息をついて、めんどくさがりなボクにあきれたような顔を鏡に映しました。
 そして、待ち合いソファーに置かれたボクの荷物……さっき市谷さんに見せに行った原稿の入った封筒に目をやり、姉ちゃんは尋ねてきました。
「で……どうなん? マンガのほうは?」
「え?」
「え? やあらへんがな。うまいこといってんの?」
 もちろん姉ちゃんも、ボクがマンガ家になりたいことは知ってます。でも、明確にマンガのことに関して聞いてきたんは、この時が初めてやったような気がします。
「全然うまいこといってへんよ。よくはなってきてる言うてくれたはるけど、ワクワクする要素が無いって………どないしたらエエねん…」
 ボクはさっき大阪の出版社での、市谷さんとのやりとりのことを姉ちゃんに対して話してたんですが、途中でグチっぽくしゃべってることに気がついて、また姉ちゃんに小言を言われるわ思て、途中で話すんヤメました。
 そしたら姉ちゃんは、ボクが途中で話をヤメたんを不思議そうに、ボクに言うてきました。

「どないしたん?」
「いや……グチみたいになってしもたから、また姉ちゃんに文句言われるわ思て……」
 姉ちゃんの顔色をうかがいながらボクがそう言うと、姉ちゃんは少し笑みを浮かべながらボクに言うてきました。
「文句なんか言わへんよ、それに関しては」
「え?」
「絵とかマンガのことは、ウチはようわからへん。ウチ、絵描かれへんから、自分の思うように絵が描けるアンタのこと、正直スゴイな思てるんよ」
「姉ちゃん……」
 正直、ボクはこの時ビックリしました。子供のころからキビシくて、ボクのことをほめることなんてなかった姉ちゃんが、そんなこと思ってたやなんて。

「ウチもこうやって仕事できるようになるまで、何回も挫折してんねん。でも好きやから今、こうして美容師やれてんねん。アンタがマンガ描くん好きなんはムカシからよう知ってるし、アンタは有名にはなられへんでも、ゴハン食べられるようなマンガ家にはなれると思てる。せやから、ムリせんとガンバリ」
「うん……」
 姉ちゃんにそう言われてボクは少し照れくさなったんですが、鏡越しに映るカウンターで優しそうにボクらの会話を聞いていたオジサンがうなずきながら微笑んでのが見えて、ますます恥ずかしなってきました。顔隠したくても、固定されてるから動けへんし……

 カットが終わりました。そして店をあとにするボクを、オジサンと姉ちゃんが見送ってくれます。
「じゃあなユウ君! ガンバんなよ! ユウ君のマンガが出たら、絶対ここに置いたるからな! ワシが元気なうちに頼むで!」
「ありがと。この店ある間にガンバるわ」
 待ち合いソファーの横にマンガや雑誌が並べてある本棚を指さしながらそういうオジサンに、ボクもちょっと皮肉そうに返しました。
 ちなみにこの店はその後、何度か改装をくり返して、小さいながらもキレイな店になって今でも同じ場所で営業してます。

 オジサンの隣で、姉ちゃんもボクを見送ってくれました。
「お母さんらにヨロシク言うといて」
「うん」
「それから、マンガずっと描いてたらカラダなまるから、たまには泳いだり走ったりしいや」
「わかってる」
「あとアルバイト。最近ここらへんでも事故増えてんねんから、バイク運転するん気ぃつけんねんで」
「わかってるよ!」
 最後まで小言を言ってくる姉ちゃんを少しうっとおしく思いながらも、最後は笑って帰りました。
 この田舎の小さな店で働いてた姉ちゃんですが、数年後に有名な大手美容室で働くことになり、その同僚の人と結婚。そして夫婦で独立して、今は二児の母になりながら、若手スタッフを指導しながら京都市内で自分たちの美容室を経営してます。ホンマ、姉ちゃんには正直、死んでも追いつくことはムズカシイと思いますわ。

 そんな未来のことを知らないこの時のボクは、髪切りたての頭に染みる真冬の寒さを感じながら帰路へ着くのでした。