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笑い三年、泣き八年、太鼓たたいて十三年

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「察しがいいね。むかし仙台の殿様が参勤交代で江戸へ出てきたおり、将軍様ご献上の品を入れるための箱を用意するよう仰せつかったのが、静波の実家である下野屋だったのさ。箱ったって、月並みなものじゃあないよ、なにせ将軍様への土産物を収めるんだからね。急いで、しかも相当な数の上物の箱を集めなきゃならなかった。ところがだよ……」
 遊女たちの嬌声がもれ聞こえる楼のなかを、彼女の切れ長の目がちらりと見やった。
「ちょうど同じころ、浚明院さまが、天朝さまより右大臣の位を授かってねえ。それで、その返礼のお品をおさめる箱が大至急必要だってんで、その納入を、幕府御用達箱問屋の成田屋さんが命じられたのさ」
「へえ……、世の中にあ、ずいぶんと間の悪いこともあったもんですねえ」
 平助の胸のなかを暗い予感がよぎる。お里がうつむいて、妙にしんみりした口調でつぶやいた。
「そんなことがなければ、あの娘だって、ここへ来ることもなく、今ごろは大店の娘として幸せに暮らしていただろうに」
「じゃあ、けっきょくのところ下野屋さんは御用をしくじったわけで?」
「ああ、成田屋さんのほうが商売は古いからね。あっという間に江戸じゅうの箱を買い占めちまったのさ」
 だんだん話が読めてきた。つまり、成田屋と箱の争奪戦を繰り広げて敗れた下野屋は、仙台藩の御用を解かれたうえ厳しい叱責をうけ、あっという間に没落してしまったのだ。そして廃業、離散した家族のなかに、当時、十歳かそこらだった静波がいた……。
「成田屋さんと静波は、互いのそうした因縁をご存知なんでしょうかね?」
 恐るおそる平助が訊ねると、お里は、おきゃんな仕草で彼の鼻先へついっと指を突きつけた。
「そこさ、あたしが心配してるのは。静波って娘は、あれで気の強いところがあるからね。そんな親の敵みたいな男を、そうと知っていて自分の座敷へ上げるずないんだ――。けれどだよ、まさかとは思うんだけどね……」
 お里が言いよどむその先を、平助が続けた。
「あえて自分の座敷へ上げておいて、酒を飲ませ、成田屋さんがすっかり酔って油断したところを……ですかい?」
 平助の目をまっすぐに見つめ返して、お里が言った。
「だから、そうならないように、あんたを呼んだのさ。二人を監視させるためにね」
「へ? あっしをご指名くだすったのは、成田屋さんじゃなく、お里さんだったんですかい?」
「あたしがね、ぜひにと言って成田屋さんへおすすめしたのさ。いい太鼓持ちがいるってね」
「じゃ、じゃあ……、あっしのヘソ踊りは?」
 まゆ根をよせて情けない表情を見せる平助の背中を、お里が勢いよくぽんと叩いた。
「踊りたきゃ勝手に踊るがいいさ。だけどよくお聞き。成田屋さんと静波が、お互いにまつわる因果因縁を知らなければ、それでいい。あんたは、話題がそのことにふれないよう、気を回してくれさえすりゃいいんだ」
「へ、へえ……」
「だけどもし、二人のあいだに、なにか不穏な空気を少しでも感じ取ったら」
「感じ取ったら?」
 平助が、ごくりを固唾をのみこむ。お里が、ぐっと目に力をこめて顔を寄せた。
「あんたには、全力でその雰囲気をぶち壊してほしい」
「ぶ、ぶち壊すったって、いったいどうやって?」
「なに情けないこと言ってんだい、あんた太鼓持ちだろう? お座敷でにぎやかな空気をこしらえるのが仕事なんだろう? だったら簡単なことじゃないか。静波が過去の因縁にとらわれ間違いなどおこさないよう、ぱーっと騒いで楽しい雰囲気をつくりあげるんだ。恨みつらみだけじゃ人は生きてゆけない、ときには過去を忘れ去ることだって大切なんだよ。いいかい、すべてはあんたの双肩にかかってるんだからね、しっかりおやり」
 ――こりゃなんだか、大変なことになってきやがった。
 暮れなずむ夏の空に、ぺん、ぺぺんと、三味の音色が吸い込まれてゆく。平助はひとつため息をついて、楼の屋根越しにまたたく夕星を見上げた。