小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

師匠と弟子と 12

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 この噺は亡き八代目文楽師の十八番で、噺の中に甘納豆を食べるシーンがあるのだが、師がこの噺をやると売店の甘納豆がすぐに売り切れたと言う逸話を持つ噺だった。かの古今亭志ん朝師も若い頃は甘納豆では無く梅干を登場させていて、文楽師との比較を避けたほどだった。
 師匠は若旦那を滑稽に描くでもなく、普通の常識のある若者として描いて行く。若旦那を連れて行っている二人の遊び人も、その道の達人らしく、何とか上手く若旦那を収めようと知恵を絞っている。そんなやり取りが可笑しい。
 結局、若旦那は抵抗するも、納められてしまい。浦里と言う花魁に気に入れられてしまう。
 翌朝、持てなかった二人とは裏腹に若旦那は良い思いをしたみたいだった。呆れる二人は若旦那を残して帰ろうとするが若旦那は
「帰れるものなら帰ってごらんなさい。大門で止められる」
 下げが決まって拍手が鳴り出す。師匠は座布団を外して
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 と頭を下げている。終いの太鼓が鳴る中緞帳が降りて行った。
「お疲れ様でした!」
 小ふなが師匠の羽織を取りに高座に向かう。座布団も一緒に片付けて行く。この後三十分もすれば夜席が始まるのだが、それは別な芝居となる。
 楽屋では既に師匠が着替え始めていた。残っていた蔵之介師が
「兄さんの『明烏』久しぶりに聴いたよ。前と少し変えた?」
 そんな質問をすると
「まあ、少しな。今日は若いやつが聴いてるからさ」
 そんな事を言っていた。

 打ち上げは師匠の行きつけの居酒屋で行われる事になっている。俺は打ち上げに参加する人数を確認して既に予約を入れておいた。
 人数は総勢五人で師匠と蔵之介師。俺と明日香姉さん。それに付き合いの良い龍楽亭新吉師だった。前座の小ふなはこのような打ち上げには参加することが出来ない。俺は晴れて二つ目になったので参加出来るのだ。
 師匠は明日もトリを取るので着物を楽屋に置いて来た。これは良くある事で殆どの噺家は続けて出演する場所では着物を預けて帰る事が多い。中には二種類の着物を持って来て交代で着る師匠も居るほどだった。
 それに明日も違う着物を着るならば、小ふなに着物を家に届けさせて、翌日寄席に行く前に寄らせて着物を持たせると言う手間になる。小ふなは何も無ければ今日はこのまま家に帰れるのだ。明日も寄席にまっすぐに行けば良い。その辺を師匠は考えたのだと思う。
「今日は帰っていいよ」
 小ふなは師匠からその言葉を貰うと
「お疲れ様でした。お先に失礼させて戴きます」
 師匠方にそう言って帰って行った。
「かんぱーい」
 皆がビールで喉を潤す。それからは各自が好きなものを頼んで打ち上げが始まった。師匠と蔵之介師は早速何事か話し始めた。蔵之介師が「兄さんと呑みたい」と言っていたのは何か相談事があったのだと推測した。
 店内が騒がしいのと大きなテーブルの反対側に二人が座っているので、何を話しているのかは全く判らないが、軽い話しでは無さそうだった。二人の表情でそれが推測出来た。
 俺の左隣は明日香姉さんで、その左は新吉師だった。新吉師は明日香姉さんより少し上で真打になってから三年目の若手真打だ。二人は、前座を同じ時期に努めたので仲が良い。
 暫くは雑談になり話が盛り上がったが、不意に明日香姉さんの携帯の着信音が鳴った。実は今日の明日香姉さんは何処か元気が無かった。何時もなら楽屋でも笑い声が絶えないのだが、今日は静かに過ごしていた。だから、明日香姉さんが携帯を開いて顔色が変わった時は何やら胸騒ぎがした。
「あの、ちょっと席を外します」
 姉さんはそう言って店の外に出て行った。師匠はそれを見て、俺に目線で「後を追え」と指示をした。何となくだが、蔵之介師は明日香姉さんの事を師匠に相談していたのでは無いだろうか。なんとなくそんな気がした。
 急いで表に出る。もう日は落ちて暗くなっていた。直ぐに後を追ったが、姉さんの姿が見えなくなっていた。周りの路地を見渡すと。別な方角から声が聞こえた。
「どうして! どうして行っちゃうの!」
 叫ぶような悲鳴にも近い明日香姉さんの声だった。
 その声の方角に行くと、姉さんの隣には男の人が立っていた。直ぐに日村さんだと直感した。
 ネイビーの三つ揃えに赤いネクタイ。濃い茶のサングラスを掛けていた。今日はどっから見ても普通のサラリーマンには見えない。手には大きめのボストンバッグを下げていた。
「どうして……どうして行っちゃうの?」
 明日香姉さんはその日村さんにもたれるように寄り添っている。
「お前の為だよ……判るだろう?」
「ううん。判らない……やっと真を打つことが出来るのに。これからなのに……どうして?」
 姉さんは寄り添いながらも右手で日村さんの胸を軽く叩いた。甘えている感じがした。それを見て二人の関係が理解出来た気がした。
「来年、晴れて真打昇進だ。それも五人抜き。目出度いじゃないか。お前は売れる! きっと売れて天下を取れる大物になる。興行の世界で生きて来た俺には判る。お前には華がある。出て来ただけで会場が明るくなるんだ。こんな芸人はそうは居ない。売れたらマスコミがお前の周りを嗅ぎ回るだろう。俺の存在も知られてしまう。今の世の中、ヤクザと一緒に暮らしてる事が判ったらとんでもない事になる。そんな事ぐらい判るだろう。だから俺が傍に居てはいけないんだ」
 日村さんは優しく姉さんの肩を抱く。その抱き方で如何に姉さんの事を愛してるかが判った。大切な人の存在が出来た今の俺なら理解出来る。
「嘘よ。嘘! そんなの嘘! わたしは、あんたに認められたくて今まで頑張って来たのよ。楽屋で嫌な事をされても。あんたに褒めて欲しくて耐えたの。あんた抜きではわたしなんか存在価値も無いのよ。只、あんたに『上手くなったな』って言って欲しくて、あんたに喜んで欲しくて今まで頑張ったの。だから、何処かへ行くなんて言わないで。今まで通りに暮らしましょう。マスコミなんか構わない。あんたの居ない人生なんて要らない」
 姉さんは泣きながら日村さんの胸に抱かれている。優しく背中を撫でた日村さんは
「未だ判らないか。お前にはとんでもない才能がある。それを開花させるのも俺の役目だと思ったんだ。だからこれからは俺が傍に居ない方が良い。それが俺の下した判断なんだ。お前が開花するのに俺が足を引っ張ってはならない……そうだろう?」
 それを聞いて姉さんはイヤイヤをしながら
「そんなの建前じゃ無い! 本当はわたしに飽きたのでしょう!」
 姉さんがそう言った時だった
「バカ!」
 日村さんの平手が姉さんの頬に飛んだ
「俺だって、俺だってどんなに一緒に居たいか……このまま爺になるまで一緒に居たいさ。でもやがて世間がそれを許してくれなくなる。だからいい機会だから別れようと言っているんだよ」
「うわぁ~ん」
 姉さんは大声でまるで子供の様に泣き叫んだ。
「あんたが居なけりや明日から生きていけない……」
「まこ……これを貰ってくれ」
 日村さんは姉さんの本名を呼ぶと、懐からネックレスを取り出し、姉さんの首に掛けた。大粒のダイヤのネックレスだった。
「あんた、これ……」
作品名:師匠と弟子と 12 作家名:まんぼう