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紫陽花

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[若手刑事と書記係りの刑事]



ぽつりぽつり---、雨滴のように男が語り出す
思う存分、充足した結果なのだろう

舌足らずで、滑舌の悪い低い声
獣が呻くような、耳障りな声だ

見目形といい、その声といい
人間善くもそこまで醜くなれるものだ、と感心する

腹の底で貶する、古手刑事を余所に
血気盛んな若手刑事は粘り気のある視線を、目の前の男に向ける

古手刑事は若干、前のめりになった若手刑事に目配せする

よせよせ
こいつ等は勝手なんだよ
ダンマリに満足したらしたで、次は話したくて堪らなくなるんだよ

お前さんの待ち望んだ展開だが、勢い込むなよ
どの道、語るのはお前さんの聞きたい話しなんかじゃあ、ない

身の上話だ
知りたくもない男の、身の上話だ

シャツの胸ポケットから、煙草のソフトケースを取り出す
徐と、指で取り出し口を穿る
そうして隙間に充てた百円ライターを抜き取り、煙草を滑らせる

各地の警察署で、取調室を禁煙にする動きが広がってきている、昨今
警視庁も取調室の禁煙を検討するよう、全国の都道府県警に
通達で要請したらしいが、此処(ここ)はまだ煙草を吸える環境にある

取調室の禁煙に反対する捜査員達は口口に
「容疑者を落とす小道具として必需品」
「容疑者の緊張を解すのに欠かせない」等と、尤もらしい理由を述べているが
要は「自分が吸いたいという実情」が、強くあるのだ

無論、古手刑事も異論はない

軽く、ソフトケースを振る
反動で飛び出る煙草を一本咥え、ケースを窓の桟に置く
火を点ける前に、灰皿を探し事務机を見遣る

と、書記係りの刑事が
取調室の一隅に陣取る自分の事務机の上にある、空の灰皿を差し出す

若手刑事と違い、長丁場になると心得ている
嫌味な程、似合っている
細い黒枠の眼鏡を外し、その澄まし顔を撫でている

そんな書記係りの刑事は、どうやら煙草は止めたらしい
洒落た、細身の背広からはヤニ臭さではなく柑橘系の匂いがしている

コレ、か?
古手刑事は小指を立てようとしたが、止める

殺人事件の取り調べ中に交際相手の話し等、以ての外
刑事ドラマで見かけるような
息絶え、横たわる被害者の前で冗談を言い合う等、以ての外だろ

だが、慣れてしまうのも事実だ
繰り返される惨たる事件に、いつしか慣れてしまう

書記係りの刑事に礼を言い
灰皿を受け取る古手刑事は重い足取りで、窓辺へと戻る
咥えた煙草に火も点けず、何とはなしに弄ぶ

喘ぐような溜息が、若手刑事の唇から漏れる

だから、気張るなよ
こいつ等は自分勝手なんだよ
好き勝手やって、その尻拭いを真っ当な人間にさせるんだよ

そんな奴等を何人も見てきた

精精、語らせてやればいい
語らせた後、悪因悪果で済ませてやればいい

そうしてゆったりと住所氏名を述べた男は案の定、身の上話をし始めた

作品名:紫陽花 作家名:七星瓢虫