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『さよなら』から始めよう

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4





寝ていたのか
寝ていないのか
解らない感覚のまま


鳴り響く目覚まし時計を
茫然と眺め


同じ朝が訪れる


習慣的に点けた
テレビ画面には
朝のニュースが放映され


同じ量の水道水が
蛇口から流れ落ち


何日も下がったままの
湿気を帯びたタオルで
洗った顔を拭けば


取替えなければと
毎日 同じ後悔をする



意識的に排除する
徳子の存在


朝飯など
珈琲だけで
済ませていたのに


トーストを焼く
不自然な自分が
意地にすら思えた


冷蔵庫の中には
容器にこびり付いた
バターしかなく


蓋を開けるたび
同じ溜息をつき
諦めては戻す日々


空っぽの容器が
ただ無意味に冷やされ
バターの役目を果たし


何もかもが
くだらなく思えた



焼きすぎた
焦げたパン


タオルもバターも
忘れるくせに


食パンだけが
増えてゆく
見栄と意地の象徴


冷蔵庫から
取り出したバターの容器を
冷蔵庫へは戻さず
ゴミ箱へ投げ捨て


戻っては来ない
徳子の存在を噛み締め


失った愛を
受け入れなければと


焼きすぎたパンを
バターの容器が佇む
ゴミ箱へ捨てた



会社へ連絡を入れる


「休みます」


簡単な伝言


一日だけでいい
”失った愛”を
心に刻みたい


徳子と過ごした時を
振り返り
辿る時間を
俺にください


徳子と出逢った場所へ
徳子と出掛けた場所へ
徳子と刻んだ思い出の場所へ


徳子の記憶の破片を
埋めてしまいたい


過去を葬り去る
儀式のように




意味も解らず
恋を覚えた校舎


”恋人”とは程遠い
彼氏と彼女


子供染みた
恋愛


並べた自転車と
揃いのキーホルダー


姿が見えなくても
窓から零れる
徳子の笑い声を
探し出せた


照れ臭い恋の記憶



ここから
始まった



数々のデート場所を巡り
車を飛ばす路上


くだらない事で
喧嘩をした記憶


くだらない事で
笑い合った記憶


くだらない事で
表情が変わる徳子の顔が
どれも照れ臭い


甲斐性のない俺に
愚痴を垂れながら
傍に寄り添った徳子


愛しているとか
そんな言葉など
遥かに越え


身体の一部だった
気がしてきた


『さようなら』


想い出の徳子


徳子との想い出の地を
駆け足で辿り
大切だった記憶が
幸せだった記憶に変わる


晴れやかな気分で
帰宅道中を走れるのは
愛した記憶の中に
悔いが何ひとつなく


その時その時
確実に愛していたから


上手く愛せていたかは
解らないけれど


喩え伝わらない愛でも
精一杯の愛を
贈ってきた事だけは


間違いではない



徳子が選んだ男だ


祝福してやらないと
徳子が幸せに
なれない気がした


腹の子供の父親が
どちらの子供であれ


産むと決めた徳子が
子供の将来を考え
選んだ男なのだから


今更 徳子の愛を
奪い去っても
徳子が幸せになれるとは
限らない


俺には徳子と過ごした
嘘偽りのない”愛”の記憶が
残ればいい



意外と早く帰路に着き
終始 微かな笑みが零れる


納得した訳ではないが
心の整理が出来た事は
僅かばかりの進歩


部屋に戻れば
まだまだ腐る程の
徳子の存在が浮遊し


存在のない幻影に
目を凝らすのも
悪くない


悠長な余裕も
まだ ある訳ではないが


『馬鹿じゃないの』


冷ややかな視線で
飽きれる徳子の面影が
俺を成長させるだろう