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田村屋本舗
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『さよなら』から始めよう

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3





女と別れ
愚痴を零す程
情けないモノはない


何を伝えても
反省するばかりで
落ち度しか見えて来ない


自分の愚かさを
高野に伝えて
何の得があるのだろう


まして
別れた感覚さえ
実感していないと言うのに


何を話せばいいのか
解らなかった


昔から通い慣れている
洋風居酒屋


以前は市場の倉庫だった
天井が やたら高い
鉄組みが剥き出し店


落ち着いた内装もそうだが
吹き抜けの天井は
開放感があり
飲んでいても圧迫感がない


小さな居酒屋も古風で
居心地はいいが
酒が進むにつれ
窮屈に思えてくるのは


やはり気が大きくなるからだろう


笊の様に酒を流し込む飲み方しか
学ばなかった経験から
上限などなく
飲み続けてしまえば


誰も彼もが
ただの酔っ払いに化した


倉庫作りの為か
多少の大騒ぎをしても
声が分散され


隣席の客との揉め事も
抑えられる


衝立だけの仕切りが
酔っ払い達の背に押され
動いてしまう事から


個室に区切られた
備え付けの仕切りに改装されたが
出口は塞がず
店全体が見渡せる作りのまま
封鎖的にはしていない


偶然 店で鉢合わせした
顔見知りの相手と
閉鎖的な個室に別れてしまうと


全く関係ない話声が漏れてくるだけで
不愉快になる事もあり
くだらない喧嘩が始まるが


開放的に開かれた席では
通りすがりに顔を出せたり
小さな合図を送るだけで


互いの意志を確認でき
無駄な争いも回避できる事もあり


高野と飲みに行く店は
大概 決まって
この洋風居酒屋だった



三十を過ぎ
喧嘩っ早くもないが
精神状態が不安定なまま
酒を喰らえば


手違いが起きても
否めないと高野は判断したようで
ジョッキではなく
瓶ビール二本に
早々と焼酎のボトルを注文する


どうやら自白する迄は
帰す気はないらしい


何処から噂が流れたのか
出所を探る猶予さえなく
飲め飲めと注がれるビールを
自白剤のように流し込み


若い頃は 老け顔だった高野は
威厳のある厳つい顔に
年相応の目尻に深く刻まれた
笑い皺が
妙に人間の丸さを醸し出し


意味なく可笑しくなった



”別れた”


簡単な一言だが
口に出せないのは


”そうか”


簡単な言葉で
終わりそうだからだ


高野が他人の別れ話に
興味を持つ奴ではない事を
知っているだけに


”愚痴でも聞いてやる”の意味は


その先の人生論を
聞かせろと言う意味だ


学生時代から
別れたり戻ったり
繰り返している俺と彼女


流石に三十路過ぎの女が
別れを切り出したとなれば


次はない事くらい
察していたのだろう




水割りの焼酎が
甘さを増し
飲み掛けのグラスを
テーブルに置いた高野が
封切をする


「徳子と別れたんだろ」


今更 解りきった答えに
苦笑しかない


「一ヶ月前かな」


時が経つのは
早いモノだが
日にちを追って加算している間は
毎日が別れ話を切り出された日の
翌朝を辿る


「結婚するらしいぞ」


無様にも俺は
飲み掛けたグラスの手が
止まり


「やっぱ知らんかったか」


高野の言葉は
飲み込んだ酒を
喉越しの悪い味に変えた



長い沈黙が流れたのか
高野の声が
耳を通り過ぎたのか


居酒屋の雑音さえも
時を凍らせ


”結婚する”の響きだけが
脳裏を木魂し
幻聴にすら想えてくる


徳子が 言い残した言葉が
微かに蘇り
”結婚”を匂わせていた事を
今更ながら 気がついた


『好きな人が 出来たの』


結婚したい相手が
現れた


そう言う事か






何もかもを理解したと
高野に伝える為


「…へぇ」


意味のない強がりを
呟いていた


視線を外した高野は
煙草を吸い
期待していない答えに
溜息混じりの煙りを
吐き捨てる


惨め過ぎる状況に
悲観する程
虚しいモノはなく


「俺より優れた男なんだろ
 それだけの事だ
 徳子が選んだ相手に
 負けただけ

 仕方ないよ」


白旗を掲げた方が
敗北者でも救われる


だが高野は鼻で笑い
捻り出した言葉を
無残にも踏み潰した




高野の投げ捨てた煙草が
小さな火花を放ち
灰皿に弾かれ


「妊娠四ヶ月だそうだ」


怒りを露に
燃えたままの煙草が
テーブルを転がる


「産むらしい」


冷静な高野の威嚇が
鋭い矢の如く
胸を突き刺さる


妊娠4ヶ月の意味は
無言の攻撃


”お前の子供じゃないのか?”


妊娠を承知で結婚するのか
その男の子供なのか
曖昧な状況の中


たったひとつ
確信している事は


徳子が選んだ男は
俺ではない


その事実しか
真実ではない



覆せない真実


何も
変わりはしない


それだけの事