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文明の起源 ~ ギーザの記憶 ~

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今から三十年以上前、人類は、『アレシボ・メッセージ』を発信した。アレシボ・メッセージとは星間無線メッセージであり、地球外知的生命体がそれを受け取って解読することを願って放たれ、人類と地球に関する基礎的な情報を乗せて、今この瞬間にも蒼い虚空を飛んでいる。これは、上手く行ったとして五万年後に返信が届くことが見込まれていたが、さて、それと関係があるのか無いのかはさておき、とにかくそれはやってきた。
 場所はエジプトの首都カイロ市郊外の、ギーザ。その上空に、人類が見たことも無い巨大な物体が、人類が見たことも無い機序で浮遊しているのを二百万に達するカイロ市民が目撃し、撮影し、インターネットにアップロードした。エジプト政府が隠すだの、アメリカ政府やロシア政府が隠すだの、そういうことをやれる状況ではなかった。その情報はあっという間に世界中に広まり、世界のエスタブリッシュメントから農奴まで、何が起こるのか、そこにどういう知的生命体が乗り込んでいるのかに一斉に不安を抱き、かつ期待を寄せた。
 もう一つ、別の情報も広まった。その浮遊物体が現れたのとほぼ同時刻に、ギーザを観光していたドイツ人の小グループがいたが、彼らの証言によれば、突如として激しい衝撃に襲われて倒れ、這いずりながら振り返ると、はたしてそこに、背の高い人間のようなフォルムを持つも生命とも機械とも分かりかねるものが数体立って、緩慢かつ奇異な動きをしていた。続けて、彼ら観光客は、上空に巨大な物体が静止しているのにも気づき、ほうほうの体でその場を逃げ去った……とのことだった。彼らは、重要関係者としてエジプト当局によって状況の把握のために協力を要請され、必要なかぎり居留し続けることを承諾した。

 数日が経った。
 ギーザ上空の浮遊物体は、なおもそこにいた。
 ギーザ方面には、一般人の立ち入りが禁じられていた。カイロ市のほうは、市民の一部は既に市外や国外に向けて避難を続けており、一方で、市内にまで飛んできた外国人も大勢いた。
 そしてその中には、単なるやじ馬ではなく、国連が緊急に組織して派遣した調査団の姿もあった。先のドイツ人観光客の証言は、その後ドローンによる調査によって、一定の裏付けが得られていた。つまり、彼らが証言したとおりの場所に、彼らが証言したとおりのものの存在が確認されたのである。そして調査団は、この背の高い人間のようなフォルムを持つ何かを地球外知的生命体だと推定し、「彼ら」とコミュニケーションすることを期待していた。調査団のメンバーには、軍人、言語学者、考古学者、ジャーナリストと、そして多様な技術者がいた。人類が既に知っている生物だって、音声でコミュニケーションしているとは限らない。例えば、電気信号で連絡を取り合っている細菌が知られている。まして未知の地球外知的生命体となれば、人類が感覚できない帯域の音や光、電気信号や化学物質等等を利用していないとは到底言い切れず、それらを測定する機材と技術者が用意されたのである。
 人類は彼らを理解し、かつ彼らに理解してもらうことができるのか。漂う孤独を打ち破って、彼らと友好を結ぶことができるのか。インターネットを含むメディアでは、この浮遊物体がワシントンやブリュッセルではなくギーザにやってきたことに注目し、その理由を古代エジプト文明やエジプト神話――人間の胴体と犬の頭部を持つアヌビス神、人間の胴体と鳥の頭部を持つ鳥になっているホルス神等等、奇異なフォルムのキャラクターを多数登場させている――に結び付け、すさまじい盛り上がりを見せていた。訪問者をゲストと呼ぶ者もあり、そもそも地球文明の支配者だったのではないかということでホストと呼ぶ者もあり、あるいは単にエネミーと呼ぶ者もいた。
 それらのうちのどれなのかは、これからはっきりとする……調査団は、緊張の面持ちを保ちながら、車を走らせた。

 既に日が傾いていた。調査団は、とっくに緊張を失っていた。率直に言えば、飽きていた。
 メンバーは「彼ら」に慎重に慎重に接近し、機材を展開しながら接触を試みていたが、相手はとにかく無反応だった。生物だとも、機械だとも思われなかった。ただの像であって、それらが動いていたという情報が虚偽だったのではないかと疑うようになってすらいた。
「こんな大所帯で、覚悟を決めてここまで来たのに。いったいどうなってるのかしら」
 言語学者である若い女性はそうつぶやいて、上空を仰いだ。
「あの大きなのも、まるで反応が無いし」
 と、その時だった。小さいながらも、声らしきものが、聞こえた。その小さな声は、もう一度発された。
「……すみません……」
 それは、間違いなく「彼ら」の一体から発された。
 言語学者は手を挙げてメンバーに目配せし、気づいた者から、声を出した一体の周りに集まり始めた。
「はじめまして! よかった、あなたは私たちの言葉が解るんですね!」
 「彼」は、姿勢も目線も変えること無く、頭部のほうからくぐもった声を出した。
「……皆さんがしゃべっている言語は……電波を受信して、とうに解析を、終えています……」
 彼女は、素朴な疑問をぶつけた。
「じゃあ、何ですぐに返事をしてくれなかったの?」
 彼は、やはり姿勢も目線も変えること無く、頭部のほうからくぐもった声を出した。
「……全員、緊張で、固まっているんです……」
 調査団のメンバーは顔を見合わせ、あるいは戸惑い、あるいは苦笑いした。
 私生活でもおしゃべり上手である彼女は、労って言った。
「リラックスして下さい! 私たちは、あなたがたと友達となれないかと思ってここに来ました」
 彼は、やはり姿勢も目線も変えること無く、頭部のほうからくぐもった声を出した。
「……ここに着いた時に……皆さん、大慌てで逃げて行ってしまって……ショックで全員、立ったまま二日間気を失っていました……」
「あらあら、それは……ひどいことをしてしまったようで、ごめんなさい」
「……目が開いてからは、声をかけてくれないかと思って……じいっと待っていました……」
 私たちがイメージしてた異星人間交流とは、ずいぶん違うものが進んでるわね……彼女はそう思ったが、それを口に出すことは無かった。
「……話題が無いので……そちらから、フッてください……」
 何て繊細で、何て受け身な! ずっとこの調子で行くの? と彼女は思ったが、人間ができているので、やはりそれを口に出すことは無かった。
「そうね。じゃあお名前と、どこから来たかを聞いていい? あ、私は地球人の、エイダって言います」
 彼は、やはり姿勢も目線も変えること無く、頭部のほうからくぐもった声を出した。
「……それらは、個人情報なので……もっと親しくなってから、教えます……」
 もどかしいコミュニケーションに、調査団のメンバーからため息が漏れた。
 と、脇から、考古学者の男性が声をかけた。
「あなたがたがここに来たのが初めてかどうかを聞いていいですか? 我々地球人の間では今、あなたがたが我々に文明を授けたのではないか、と噂されています」
 彼は、やはり姿勢も目線も変えること無く、頭部のほうからくぐもった声を出した。
「……前にも、来たことが、あります……」