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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 しばらくのあいだ、ふたりは祭壇に目を向けたまま、身じろぎひとつしなかった。
 凍結したかのような空気を払いのけたのはレギウスだった。
「……この島から出よう」
 リンは動かない。いまとなっては破壊された木材のかたまりでしかない祭壇をじっと凝視している。神を宿す碧眼(へきがん)が一瞬きらりと光った。
 リンは悲しそうな、とても悲しそうな顔をしていた。
「リン」
 今度は声に力をこめて呼びかけた。
 リンがゆっくりと振り向く。木箱でふくらんだ衣服の部分を手で押さえた。その瞬間の彼女はいっさいの表情を消していた。
「この島から出よう。ここは……」
 レギウスは神に見放された大地をぐるりと見回し、苦い味の唾を吐いた。
「生きてる人間がいていい場所じゃない」

 時間の凍りついた海は、冷たく冴えた色をたたえていた。
 リンとレギウスは凍りついた海面を歩いて渡り、つなぎとめていたボートに乗りこんだ。
 結界のほころびを通り、灰色の壁をくぐり抜けて外海に出る。
 西の空に傾いた太陽は、錆びついた陽射しを地上に投げかけていた。
 レギウスはオールを操り、打ち寄せる波頭に逆らって沖へと漕ぎだした。
 ダガス船長の〈無敵の将軍〉号を探す。期待はしていなかったのに、箱形の貨物船は水平線の手前にまだとどまっていた。ああ見えてもダガス船長は案外、律儀な性格らしい。悪相をほころばせる小柄な船長の姿が目に見えるようだった。
 黄金色(こがねいろ)に染まった海はとても静かだった。
 ボートの腹を打つ波の音しか聞こえない。
 リンはボートの船首に腰を据え、暗くなっていく海面をじっと見つめていた。さっきからひと言もしゃべっていない。レギウスも彼女に話しかける気にはなれなかった。
 レギウスは思う。
 ラシーカは冥界でターロンと再会できたのだろうか、と。
 もしかしたら、いまごろはターロンといっしょになっているかもしれない。彼女はついに望みをかなえたのかもしれないのだ。たとえそこが永遠(とわ)に続く、冥界の冷たい暗黒のなかであったとしても……。
 レギウスは肩越しに振り返った。
 〈嵐の島〉──魔の島を囲む灰色の結界の壁が、血の色をした陽射しを浴びて高々とそびえ立っていた。レギウスにはその壁が、世界そのものを拒み続ける牢獄の壁のように思えてならなかった。
 赤くにじんだ太陽が、空に張りついた巨人の隻眼(せきがん)のようにふたりを睥睨(へいげい)している。
 島からだいぶ離れても、くたびれた太陽はボートの後ろをどこまでも追いかけてきた。