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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 レギウスは困惑する。
 レギウスの忠実な部下が沈黙していた。どうでもいいときには意気盛んな突撃兵が、いっさいの活動を拒んで小さく縮こまっている。ウンともスンとも反応しない。
「お、おい。こんなときに……」
 異常を察知したリンが頭をもたげ、つい今朝がたは堂々たる自己主張をしていたはずのレギウスの股間に鋭い視線を注ぐ。
 たちまちリンの眉が逆立った。激情が彼女の顔をあっという間に赤く染めていく。
「これはどういうことですか、レギウス?」
「あう……その、男は緊張するとこうなることが……もう少し待てば復活する……」
「要するに、わたしにはそれだけの魅力がないということですね?」
「いや、待て。早まるな。まだ結論を出すのは尚早だ。おまえの錬時術を使えば、おれも元気になるかも……」
 リンが殺気をこめた目でにらんできたので、レギウスの言葉は尻すぼみになってしまった。

「レギウスのバカ!」

 レギウスの顔が青ざめる。彼の生来の武器がますますうなだれる。だらしなく弛緩したまま、いっかな仕事をしようとしない。
 残念。そいつは戦う前から死んでいた。
 リンは寝台に起きあがった。レギウスに脱がされた服をきちんと着て、居住まいを正す。乱れた銀髪を指ですき、背中に垂らした。全身から憤怒のオーラを発散している。うかつに触れたら爆発しそうだった。
 レギウス、無言。
 こわくて口をきけない。これほどまでに怒っているリンを見たことがない。
 めったに口にすることはないが、リンにも女としての矜持(きょうじ)がある。おのれの容姿にひとかたならぬ自負を抱いているのだ。その矜持がいたく傷つけられたのだから、屈辱はいくばかりのものだろう。ましてその原因をつくったのが自分の拒否反応だと思うと、おそろしくて声帯が凍りついたように動かなかった。
「また今度にしましょう」
「……はい」
「いつまで裸でいるんです? 服を着なさい」
「かしこまりました」
 レギウスはいそいそいと衣服を身につける。リンの怒りはまだ冷めやらない。彼女のとげとげしい視線が肌に痛かった。
「しかたがありません。代替手段をとることにします」
 リンが女王然と宣言する。
「レギウスにはわたしの体液を飲んでもらいます。それで絆を一時的に強化することができます」
「体液って……まさか、おまえの……」
 リンに険しい表情でにらみつけられて、レギウスはセリフの続きを喉の奥に押し戻した。
「レギウスにはわたしの血を飲んでもらいます」
「へ?」
「それしかありません」
「おまえの血は強烈な副作用があるんじゃなかったのか?」
 〈統合教会〉の〈僧城〉で、リンの血を飲んだ異端審問庁の僧官たちが床に倒れていた光景を、レギウスは思い起こした。寿命を延ばす霊薬とも信じられている吸血鬼の血は、その実、内臓がただれるような猛毒にも等しい。効果は抜群だが、その代償として耐えがたい苦痛をもたらすのだ。
 レギウスはリンの血を飲んだことがない。その逆はあっても、彼女の血を飲まなければならないようなことはこれまでになかった。だから飲んだらどのような苦しみが待っているのか、レギウスには想像もつかない。
「つまり、おれに苦しめと、そうおっしゃる?」
「なにか問題がありますか?」
 リンの返答は冷ややかだ。まだ怒っているらしい。まあ、無理もない。せっかくリンのほうから思い切って最後の一歩を踏みだしてくれたのに、レギウスはそれを台無しにしたのだ。リンが怒るのも当然だった。
「あの……キスじゃダメですか?」
 リンの頬がピクピクとひきつる。レギウスの心臓の鼓動が一瞬、止まった。
「わたしの血を飲みなさい。これは命令です」
「おおせのとおりに」
 レギウス、平身低頭。
 殺されなくてよかった、と本気で思った。

 リンはナイフで指の腹に傷をつけ、盛りあがった血を小さな陶製の杯に垂らした。
 数滴で足りるはずなのだが、これがレギウスに対する罰なのか、血をしぼって杯の三分の一ぐらいを真っ赤な液体で満たす。
 杯を受け取り、レギウスは両手でそれを抱える。中身をのぞきこんだ。一見したかぎりでは、南方五王国でも飲まれている真っ赤な血酒に似ていなくもない。人間の血と同じく、金臭(かなくさ)いにおいが鼻をつく。
「……こいつを飲めばいいんだな?」
「そうです」
 リンが無表情に見つめている。まだ怒りが収まらないらしい。あとあとまで根に持たれそうだ。果たして、再戦という機会があるのだろうか、とレギウスはぼんやりと考える。
 迷っていても、なにも解決しない。深く息を吸い、決意を固める。
 杯に口をつけ、傾ける。灼熱の酸にも似た液体がレギウスの喉と胃を焼き焦がした。
 襲ってきた激痛は筆舌につくしがたかった。細胞のひとつひとつが激しく燃えあがった。
 レギウスは奔流に押し流される。吐き気がこみあげてきて気管をふさぎ、息ができなくなる。叫び声をあげたような気がしたが、自分でもわからなかった。
 リンに手を伸ばす。彼女がレギウスの手をにぎる。
 悪態をつこうとして──
 そのまま気を失った。

 リンの血を飲んで気絶したレギウスが目を覚ますと、銀髪の少女の姿は室内になかった。
 血の効果はすぐに実感できた。リンとの絆がこれまでになく太くなっている。目に見えない糸で彼女とつながっている感覚がとても強い。虫に刺されたかのように、左のてのひらの刻印がむずがゆかった。死ぬほど苦しんだかいがあったというものだ。
 足元をふらつかせながら強化されたリンとの絆をたどると、彼女はジスラの謁見の間にいた。
 まるで餓死寸前の肉食獣のように、猛然と目の前に並んだ料理の皿と格闘している。レギウスの姿を目にしてもまったく気づいた素振りを見せない。いまは底なしの食欲を満足させることで忙しいようだ。
 ジスラは退屈そうな顔でリンの食事をながめていた。気だるげに手を振ってレギウスにも食事を勧めるが、とても食べ物が喉を通りそうにもない。少し離れた場所に腰を下ろし、リンが食べ終わるのを辛抱強く待つ。
 ようやくリンが満腹する。女の子みたいな面立ちの、赤髪の美少年がかいがいしく熱い黒葉茶を運んでくる。お茶をすすりながら、ジスラの求めに応じて、リンが顔を赤らめつつ小さな声でポツポツと話す。いざというときにレギウスが応戦できなかったことを耳にすると、ジスラは大笑いした。オーッホッホッホと何度もけたたましく笑う。
 屈辱的だった。だが、事実なので反論しようがない。黙って耐える。
 簡単な旅の支度をする。背中に背負う荷物は、着替えと乾燥肉などの携帯食料を三日分。あまり負担にならない分だけを持っていく。ふたりの馬は連れていけないので、そのまま〈三日月の湖亭〉に置いていくことにした。