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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 ジスラのあとをリンが引き取った。
「いまはほとんど使われていません。〈破鏡の道〉の存在そのものもあまり知られていないのです」
「通路に閉じこめられた化け物が、いまでもウロウロしていますしね」
 ジスラが付け加える。レギウスは片方の眉を上げた。人間(ひと)ならざる者のジスラから「化け物」呼ばわりされる存在がどんなものなのか、容易に想像はついた。巨神の被造物の末裔──この地上から姿を消した、太古の時代の妖異のことだ。
 リンの護衛士になってからレギウスは何度か、そいつらと戦った経験があった。まともな知能もない、醜悪な怪物だ。通常の武器では傷つけるのもおぼつかない。ヤツらを斃(たお)すには〈神の骨〉のような特殊な武器が必要なのだ。
「旧大陸にいたころ、竜の古老から聞いたことがありますわ。〈破鏡の道〉のなかは時間の流れが錯綜してる──現在と過去が重なってる、とか。通路を通ろうとする者の過去を暴きだす、とも言われていますわ」
 リンは微笑んだ。女神の宿る左眼を手でふさぎ、小さな吐息をつく。
「鏡に映ったわたしはさぞかし醜いんでしょうね。それでもわたしは逃げるつもりはありません」
「どうあっても〈破鏡の道〉を通るつもりですの?」
「では、あなたがわたしたちを〈嵐の島〉まで連れていってくれますか?」
「わたくしはこの〈城〉から無断で離れるわけにはいきませんのよ。〈大陸間条約〉でそう決められていますの。〈城〉から離れる場合は、この国の国王の許可が必要ですわ。すぐに許可はおりるとは思えません」
「そんなの、あとから言い訳すればいいじゃねえか」
「わたくしだけの都合で条約を破ることはできませんわ。南方五王国に〈大陸間条約〉を破棄する口実を与えることになりますもの。わたくしの同胞や、〈月の民〉にも迷惑がかかります」
「あなたの立場はわかっています。〈破鏡の道〉の入口を使わせてくれればそれで充分です。それ以上は求めません」
「殿下、わたくしは……」
「議論しても得るものはありません」
 リンは寝台に上半身を起こした。ジスラを正面から見据え、断固とした口調で伝える。
「わたしに協力してください、ジスラ」
 ジスラは肩を落として長嘆息する。首を横に振った。
「どうやら説得してもムダのようですわね」
 リンが軽い笑い声をたてると、ジスラは眉間に不機嫌そうな皺を寄せた。
「しかたありませんわね。この〈城〉にある〈破鏡の道〉の入口にご案内いたしますわ。その前に……」
 そこでレギウスへと視線を移して、ニヤリとする。
「あなたは護衛士の最後の義務を果たすべきだとわたくしは思いますわ」
「護衛士の最後の義務って……」
 レギウスは横目でリンをうかがい、声をひそめる。
「こんなときにかよ?」
「こんなとき、だからですわ。幸いにも殿下はあなたから〈いのちの水〉を分け与えてもらって体力を回復していますわ。むしろ体力がありあまっているのではなくって?」
 意味ありげな目線をリンに送って、ジスラは底意地の悪い笑みを浮かべる。
「〈破鏡の道〉を徘徊(はいかい)する化け物どもと戦うには強くならないといけませんわ。そう思いませんこと、殿下?」
「……そうですね」
 リンの声は小さい。心なしか、顔も赤いようだ。
「じゃあ、わたくしはお邪魔でしょうから、これで失礼させていただきますわ。それとも、ここに残ってお手伝いしたほうがよろしいのかしら?」
「けっこうです!」
「ふざけんな!」
 ジスラがさも愉快そうにオーッホッホッホと高笑いする。獲物を追いつめる猛禽のようなジスラの目つきにレギウスは背筋をゾッとさせる。リンが上目遣いでジスラをにらむと、三百年を生きてきた老練な竜は粘着質な微笑みを口辺にちらつかせた。
 どこから取りだしたのか、新しい黒リンゴを手のなかで転がし、ジスラは牙を立てて豪快にかぶりつく。果肉の砕ける小気味のいい音。優雅な物腰で立ちあがり、リンとレギウスをおもしろがるような顔つきで見下ろした。
「月の女王に灰色の女神……殿下はつくづく神々に愛されてるようですわね」
「わたしは都合よく利用されてるだけです」
「あら、それが愛されてる、ということではなくって? 神々は自分の被造物を愛するのがとても不器用ですからね」
 リンは返事に窮する。腰にたまった毛布の端をギュッとにぎりしめ、肩をすぼめる。
 ジスラの黒リンゴを咀嚼(そしゃく)する物音がやけに大きく室内に響く。あっという間に黒リンゴをたいらげると、どんな意味にも解釈できる謎めいた微笑をあとに残して、竜の女性は静かに部屋を出ていった。