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紅装のドリームスイーパー

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 話しかけるのはなんとなくためらわれたが、それでも教室を横切って花鈴の席のそばまで歩いていく。彼女のあんな顔を見たあとでは放っておけなかった。
「おはよう、新城(しんじょう)君」
 と、ほがらかな口調で、花鈴。近くで見ると、心なしか顔色が悪いような気がする。目の下のうっすらとした陰は、もしかするとクマじゃないだろうか。
 ここ二、三日、ずっとふさぎこんでいるように思えた。菜月のことで思い悩んでいるのかもしれない。二年が経ったいまでも、おれが悪夢にとらわれているのと同じように。
 おれは「おはよう」と軽い調子であいさつを返す。周囲に聞こえないよう、声を低めた。
「……具合でも悪いのか?」
 花鈴は微苦笑を口許にちらつかせる。スクールバックから教科書とノートを取りだしながら、
「なんで? わたし、具合が悪そうに見える?」
「いや、なんとなく……」
「心配性だね、新城君って。いっつもそう」
「そうかな?」
「そうだよ。全然、自覚がないでしょ?」
「自覚はないけどさ、いまはそういうハナシじゃなくて……」
「わたしのこと、そんなに気になるんだ?」
 花鈴が真顔でおれをじっと見つめる。濃い琥珀色の瞳に射すくめられて、おれはドキリとする。頬が火照ってくるのを感じた。
 花鈴がおかしそうにクスリと笑う。からかわれたと思っておれが唇をとがらせると、花鈴の笑みが満面に広がった。
「ホント、いっつもそうだよね、新城君って。幼稚園のときから変わってないわよ、それ」
 なにが「いっつもそう」なのか、おれにはよくわからない。あれこれと考えあぐねていると、花鈴がさっさと話題をかえた。
「昨日の夜ね、浩平(こうへい)さんからメールが来たの。明日のことだけど、浩平さんもいっしょに行きたいって」
 おれは顔をしかめる。明日は花鈴とふたりで菜月のお墓参りに行くつもりだったのだが、予定外の同行者が増えたようだ。「浩平さん」というのは菜月の兄の早見浩平のことだ。いまは東京の大学にかよう大学生で、この学校の卒業生でもある。
 おれは彼が苦手だった。礼儀正しく、いつもにこやかで、いかにも好青年というひとなのだが、ときどき言葉の端々にトゲを感じることがあった。きっとおれのことをこころよく思っていないのだろう。妹の菜月をむざむざ死なせた、役立たずのクソガキ、と内心では蔑んでいるのかもしれない。そうだとしても、反論はできなかった。
 それに、とおれは暗い気持ちでひとりごちる。花鈴は浩平と妙に仲がいい。ふたりは兄妹みたいな関係──そう思いこんでいるのはおれだけで、花鈴自身は違う気持ちを浩平に抱いているのかもしれない。おれには関係ない、と思っても、なんだか気に食わなかった。
 なにも答えずにいると、今度は花鈴がきれいに整った眉をひそめた。動かしていた手を止めて、
「どうしたの、新城君。黙ったりして」
「あ、いや……。ちょっと……」
 しどろもどろになるおれを上目遣いで見上げて、花鈴が小さく笑う。ふっくらとした薄紅色の唇が笑みで彩られると、周りの空気がほんのりと暖かくなったように感じられた。
「もしかして、浩平さんといっしょはイヤだった?」
 おれは返答に窮する。「ノー」と答えたらウソになってしまう。かといって、「イエス」と答えようものなら花鈴とふたりきりで行きたいと宣言しているのも同じで、なんだか気恥ずかしい。で、結局、本心を糊塗(こと)して、
「……まあ、浩平さんといっしょでもかまわないよ、おれは」
「だよね。新城君ならそう言うと思ったわ」
 軽いノリで言葉を返して、花鈴はふと表情を曇らせる。視線を手元のスクールバックに据えたまま、聞きとりにくい小さな声で付け加えた。
「ありがとね、気を遣ってくれて。わたし、大丈夫だから」
 おれは言葉もない。気のきいたセリフをとっさに返せない自分が情けなくなってきた。昨晩、夜更かししてまで読みふけったラノベの主人公が口にしていたようなカッコいいセリフをひとつかふたつ、思いついてもよさそうなものなのに……。
「新城君こそ大丈夫? なんだか顔色がよくないわよ?」
 逆に心配されてしまった。顔色がすぐれないのは、たぶん睡眠不足のせいだ。そう答えると、ますます花鈴は心配げな顔つきになった。
 花鈴がおれの顔をしげしげと観察する。子供をいたわる母親のような優しい声音で、
「……あまり思いつめないでね」
 それはおまえのほうだろう、と言い返すこともできず──
 おれは「ああ」としか返事できなかった。

 花鈴のことが気になっていたせいか、一時間目はわりと平気だったのだが、二時間目の英語になると昨夜の睡眠不足のツケが一気に回ってきた。
 英語を担当しているのは、採用されて間もない若い女性教師だ。グラビアアイドルと見まがう美貌とナイスバディの持ち主で、本人も自分のスタイルにかなりの自信を持っているのだろう──今日も今日とてミニスカートから伸びた白い太腿を惜しみなくひけらかしている。いつもならその優美な脚線美を心ゆくまで堪能しているのだが、いかんせん、怒涛(どとう)のごとく押し寄せてくる眠気には勝てなかった。
 姿の見えない睡魔の軍団が、さっきからおれを包囲攻撃している。陥落は時間の問題と思われた。教科書を見るときの焦点が合っていない。気を緩めると、とたんに意識がブラックアウトする。
 揺れていた。教室のなかが、ぐらり、ぐらりと。揺れているのは、おれの首だった。
 女性教師の、やたらとRの発音がいい流暢な英語は、うってつけの子守唄になった。
 ダメだ。抵抗できない。睡魔がおれの耳元でせせら笑っている。
 机に突っ伏した。
 おれは落ちていく。ねっとりとした濃い闇のなかをどこまでも──