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紅装のドリームスイーパー

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 ルウが満足げにゴロゴロと喉を鳴らす。ときどき見せるネコそのものの仕草が妙にかわいらしい。
「芽衣、きみは夢見人だ。夢の世界を自由に渡り歩く能力がある」
「最初に会ったときもそう言ってたね。あたしのことを夢見人だって」
「これが普通の夢じゃないことはわかってるかな?」
 あたしは周囲を見回す。さっきまで真っ暗だった外は、気づかないうちに明るくなっていた。曇りの日のような白濁した光が地上を淡く照らしている。
 外をながめた。校舎のかたちが変化していた。積み木のような箱型の建物が、レンガを積みあげた重厚な造りのそれへと変わっている。教室のなかも机と椅子が壁際に寄せられ、教壇のまえはちょっとした広場ができていた。変化がないものもある。教室のなかには誰もいない。あたしとルウだけ。あたしが着ている制服もそのままだった。
「きみの夢見人としての能力が夢の世界を一定の時間、固定化してる。普通、夢の世界はもっと流動的だ。一瞬にして事物が変化する。夢に脈絡がないのはそのためだ」
「あたしがこの夢の世界を維持してるってこと?」
「そうだ。それがきみの能力だ」
「よくわからないけど……まるで現実と同じだね、これって」
「そうかな?」
「だって、現実と区別がつかないじゃない」
「いや、私が言いたいのはそういうことじゃない。現実と夢に区別があるのか、ということさ。こうは考えられないかな。現実というのはここと同じく、固定化された夢の世界だ、と。夢と違うのは、他人と認識を共有してる、という点だ。いわば全員が同じ夢を見てる世界だ、とも言える」
「そんな哲学的なハナシ、あたしには難しくてわかんないよ」
 ルウはヒョイと器用に肩をすくめてみせた。ネコがそんな人間じみたジェスチャーをするところをあたしは初めて目にした。
「芽衣、きみに夢の世界の真の姿を見せてあげよう。私につかまりたまえ」
「つかまるって……どこに?」
「どこでもいい。私の身体に触れるんだ」
 あたしは右手を伸ばして黒ネコの尻尾(しっぽ)のさきをギュッとつかんだ。ルウが短いうなり声を洩らす。それを抗議の声と解釈したあたしは、にっこりと微笑んで、
「どこでもいいって言ったのは、ルウ、あなただからね」
「きみまで私をその名前で呼ぶのか?」
「あなたの名前、ルウじゃないの?」
「私に名前はない。ルウと名づけたのは葵だ。現実世界での彼女の飼い猫の名前だよ」
「じゃあ、あなたは何者なのよ?」
「私はここの管理者のようなものだ。何万、何十万もの人間の無意識から構成される……」
「ストップ! 難しいハナシはあとで聞くから。あたしに見せたいモノがあるんじゃないの?」
 ルウは不服げに喉を鳴らした。緩慢な動作で机の上から尻をあげ、四肢を突っ張って伸びをする。人語を話しても、こういう立ち居振舞は普通のネコと変わらない。
「これから遷移する。手を放さないでくれ」
 返事をするまえに、いきなり周囲の風景が変化した。
 目に飛びこんできた壮大な情景に、あたしは思わず感嘆の声をあげる。あやうく右手でつかんだルウの尻尾を放してしまうところだった。
 あたしは宇宙空間に浮かんでいた。
 そう──宇宙空間としか表現ができない。
 どちらを向いても濃密な闇で塗りこめられた世界。その闇のなかに、白い光球がたくさん浮かんでいる。はっきりと距離感はつかめないが、あたしがいる位置からはかなり遠く離れているように思えた。よくよく目を凝らすと、光球は小さな光の粒で構成されている。
 星だ、と思った。
 大半は白く輝く星だが、なかには赤い星、青い星、黄色の星が混じっている。星の大きさもまちまちだった。丸いかたちがわかる程度に大きな星もあれば、ただの光点にしか見えない小さな星もある。
 宇宙空間のあちこちに浮かぶ、無数の星が寄り集まった巨大な光球は、写真やイラストで見かける星の大集団──球状星団と呼ばれるそれによく似ていた。
 闇のなかでルウの金色の眼が爛々(らんらん)と光っている。体色が黒いので背景の闇に溶けこみ、黒ネコがどこにいるのか、正確にはわからない。星の光を隠す影でそこにいる、と感づく。
 不思議と息苦しさは感じなかった。ここがホントに宇宙空間であれば真空のはず。空気はない。それなのにちゃんと呼吸できる。足元に地面を踏みしめる感触はないが、上下の方向は身体が感知していた。普段と変わらない重力があたしの全身をまんべんなく下に引っ張っている。それなのに落下感覚はまるでない。
 わけがわからなかった。宇宙空間に似たどこか──としか言いようがない。
 あたしの困惑が伝わったのか、ルウが諭すような口調で語る。
「きみがいま見てるのが夢の世界の真の姿だ」
「あの星みたいなやつが?」
「そうだ。あのひとつひとつが個々人の見てる夢だ。ひとによって夢の大きさは異なる。人生経験を積み、知識が増えれば増えるほど、夢のサイズは大きくなる。逆に生まれたばかりの赤ん坊が見る夢はとても小さい。それだけ想像力がとぼしい、とも言えるな」
「あれが全部、人間が見てる夢だとして……ムチャクチャ数が多くない?」
「だいたい数十万単位でひとつの集団──ゲシュタルトを形成してる。なかには数千万単位のもっと巨大なゲシュタルトもある。いまは夜だから夢の数が多い。眠って夢を見てる人間が多いからな。これが昼間だと、夢の数はグッと少なくなる」
 あたしは球状星団にそっくりなゲシュタルトとやらをつぶさに観察する。見れば見るほど、星が集まった星団としか思えない。だが、観察しているうちに、辺縁に位置する星がチカチカとまたたいて消滅していくことに気づいた。数えると、一分ほどの時間のあいだに十個以上の星が消えていった。
「星が……消えていく?」
「夢を見てる人間が目覚めて、夢が消滅してるのさ。目覚めたあとに残された、あるじのない消滅寸前の夢の残滓──それがゴーストシェルだ。きみがこのまえ、ダイブしたところだよ」
「……そんなことを言ってたよね、あのとき」
「夢はゲシュタルトの中心核で生まれる。そこから辺縁へと移動して、数時間後には消滅する。夢の寿命は短い。ときにはほんの数分で消滅する夢もある」
 あたしはルウの説明を聞きながら、夢が放つ弱々しい光をながめていた。色がついている夢があるのはなぜ、と訊くと、黒ネコが説明口調で答える。
「夢を見てる人間の感情によって、夢に色がついたりすることがある。赤い色の夢は闘争──戦いの夢だ。戦場はなにも殺しあいの場所だけじゃない。家庭、学校、職場、満員電車のなか──ありとあらゆる場所が戦場となりうる。青い色の夢は楽しい夢だな。きみもそういう夢を見たことがあるだろう。黄色の夢は……まあ、人間の本能に根ざした夢だ、と言えばわかるはずだ」
「それって、要するにエッチ……」
「ここからは見えないが、黒い夢もある」
 ルウはあたしの言葉を途中で強引にさえぎって、
「芽衣、なんの夢かわかるかな?」
 黒、という色から容易に察しはついた。
「悪夢ね?」
「そういうことだ。また遷移する。悪夢を間近で見てみよう」
 そう宣言すると同時に景色が切りかわった。