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冬日三重奏

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それから、隣の部屋の小柄な女性も、侮蔑のまなざしで自分を見るように思われた。毎晩のように繰り返されるベッドの軋み、そのきしみ方は毎晩、違うはずだ。ジャズの着想に使えってもらえないか、と考えたりする。静かなリズム、ぎしぎしとベッド全体を揺るがすような強いリズム、同じ強さで同じテンポ、もしくは早くなったり遅くなったり、と。男は毎回、同じようなことをしているようで、違うから面白い。早い、力強い、どこか音楽的なものがある。
ジャズピアニストの先生が「第三世界をキーワードにしてジャズを理解するのではなくて、ジャズをキーワードにして第三世界を理解する」と話していたが、よくわからないままだった。今、ベッドの軋む音で、世界を考え始めると、自分の言葉として使えるなと思った。若い男性はジャズが好きかもしれない、ジャズを話題にすれば親しくなれるだろうかと余計なことに思いめぐらせた。ジャズが分かる、から、ジャズでわかる、へ。
若い男性も小柄な女性も、そのほかのマンション住民たちも、女が何人もの男たちの相手をしていると思っているだろう、きっと。なぜか、そういう設定が気に入ってはいる。

二重奏
女性の中心部をいきなりかき回して、柔らかく溶かす行為が荒々しくすすむ。まだクリトリスは固いままである。その硬さをたしかめると
「とがってきたな」
と男はいやらしくなぶる。
「電話の声で、濡れてくるの」
女のその言葉に、男は満足する。行くからと、電話してきた時から、互いにセックスが始まっているのだ。女も男との性交をあれこれと想像するというか、頭が先に動けば、性欲がわいてくるようになってきた。これは夫との間にはなかったことだ。あったかもしれないが、記憶がない。夫とのセックスは体を提供しているという意識だったから、この変化は大きい。
とがっていくクリトリスと柔らかくなっていく花芯とを、男が二つの指でていねいに刺激する。ベッドの上で餓えている猫なのだ、女はそう思った。猫なら自我がある、そうではないから、自分は有機物なのだ、と思い直した。男に食べられる、細切れにされて食べられていく。妄想が尽きることなく、考えれば考えるほど淫乱になっていった。
男ははたして今日は、何をするのだろうか、次々と考えを変えて、思いついたことをそのままするのだろう。早く挿入してほしいとばかり、穴からあふれ出てくる、女の欲望をたしかめると、男は自信たっぷりに、
「ほしいんか」
となぶってくる。やさしさなどみじんもない。
「ああ、いい」
ため息まじりに、声を上げて、男を求める。
「いたぶっても、濡れるんやな、いやらしいな」
「気持ちいいから、もう」
「もうすぐ、極楽やで、わかったか」
「極楽にしてください」
「もうちょっと、まってや、すぐに極楽にしてやるから」
男は、女の言葉をそのまま、しかし違った意味で返してくる。燃え上がった女をそのままにして、ベッドを離れると、バルコニーでたばこを吸った。この間の取り方が絶妙で女は感心する。女はもう耐えるという苦痛の過程を通り過ぎて、すでに歓喜の階段を昇り始めようとしていたから、ただ、男がベッドに戻ってくるのを待った。言葉も出さず、ため息もつかず、エネルギーが消えないよう、そのまましずかに体を横たえていた。
そのとき快感が深くなり、身をよじらせるようなこきざみな動きが生じたのだった。この快感は繰り返されて、花芯が収縮するようになり、快感が腰全体に広がっていった。やがて、体が小刻みに震えだした。花芯の動きを助けるように腰がうごめく。腰の動かし方か、両足をこすりあったのか、なにかふとしたきっかけで、下半身がふわっと軽くなった。
女は自力で頂に上る方法を感得したのだ。男には絶対、秘密にしておこう。その快感の余韻を味わいながら、男が施してきた様々な調教を思い出していた。
男はベッドに戻ってきて、女にそのたばこを食わえさせる。そのたばこをとりあげて、男はまた吸う。たばこを吸いながら男はすぐに挿入してきた。女はこの感覚が好きだ。やくざでただれたようなセックスが好きだ。この二度目の挿入は、間に秘密の快感を挟んで、まるで二人目とセックスするみたいで、いっそう女を興奮させた。続けてセックスする感覚のふかまりを自覚したのは、はじめてだった。からだが燃えていて、それをしずめるために、次の男とするように思えてくる。
互いの皮膚があちこちで擦れ合っている。二人ともに上り詰めていく。
「もう、いっていいか」
女は肯かなかった。男は動きを緩めて、抜き差しする。
「いっしょにいけそうか」
「もっと、して」
女はここぞとばかり自己主張を貫いた。しかし、男の動きは止められず、発射。
「いやあ、いや」
女は男をはじめて非難した。男は大きな体をかぶせてくる。死んだみたいになっている。

自立への序奏
孤独が襲ってくる。この重さが幸せなのだと言い聞かせて、孤独に耐えた。完全無欠と思われた男が挫折している。女は驚いた。
男は罰が悪かったのかどうか、バイブレーターを取り出して
「これ、入れてみろ」
女は、ためらいながら、花芯の入り口に充ててみた。
「ゆっくり、入れてみろ」
男がその動作を見ている。ゆっくり入れていく。抵抗感は最初のところだけで、あとはすーと収まった。空白を埋められていく、この感覚が好きだった。
男がスイッチを操作する。微妙な振動が穴を揺らす。次第に、腰全体に広がっていく。
しばらく、女の様子を見た後、男が命令する。
「おれやと、おもて、動かしてみろ」
女が動かすと、
「もっと、早くしてみろ」
女は動きを早める。これはいい、と女は思った。命令されているのだが、いつの間にか、自分が自分に命令しているように思えてきた。オナニーだが、オナニーとは違う感覚だ。
男に支配されて、奴隷のような境遇にある、それを受け入れて楽しんでいる自分がいる、楽しめれば、こういう状況設定は、快感を高める。花芯が熱くなっていき、体が震えだす。震えだすと、バイブの動きを止めてしまう。ここが、男の動きと決定的に異なるところだ。子宮が反応し始める。もうその体の動きにゆだねる。バイブレーターの役割は終わった。
二度目、三度目のオルガスムの始まりだ。これまでにない最高の快感を味わっている。快感は強烈で深い、余韻がしばらく続く。
「いったのか」
男がたずねる。女がいつもとちがう深い反応を示したのが分かって、男はたじろいでいた。
「いったよ」
女は自信にあふれて言い切った。いくという感覚をあらたに経験したのだ。その条件はいくつかあるが、大きな場面、小さな場面であれ、無理やり入れられる、そういう設定は欠かせない。そしてそれを受け入れ楽しむ自分自身の意識だと、目のうろこが落ちる思いであった。
夫の性交は、快感はあるが、義務的なもので、女は男の性欲のため、穴を提供している様相だった。男根はだから、異物なのである。異物の侵入に対する拒否感というか免疫反応は、正常なことである。異物が穴まで侵入してきて、動いているという感覚がずっと続いていた。心、意識の作用が伴わなかったと、今はわかる。それを、この男が教えてくれた。
作品名:冬日三重奏 作家名:広小路博