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ヒトサシユビの森 3ナカユビ

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その頃いぶきは、ひとりでショッピングセンターの専門店が並ぶフロアにいた。
ショッピングセンターは道の駅に隣接して建設されているが、来場者が集中するのを緩和するため開業時期が1週間後ろ倒しにされていた。
商品の陳列や展示がまだ不十分な店舗が多く、各店舗とも納品業者や店舗スタッフが開店準備に追われている段階だった。
本来ならまだ一般来場者がフロアに立ち入ることはできないはずなのに、いぶきは専門店フロアにいて、ショーウィンドウ越しにウルトラマンメビウスのフィギュアを見上げていた。
子どもに気づいた店のオーナーがいぶきに声をかけた。
「あれあれ、おチビちゃん、どこから来たのかな?」
「ウーターマン」
「ウルトラマンが好きなんだね。でもお店まだオープンしてないんだよ」
「ウーターマン」
「そうだね、メビウスカッコいいね」
「ウーターマン」
「君のお母さんは、どこにいるのかな?」
玩具店のオーナーが子どもを保護するよう警備室に連絡を入れた。
だが警備員が到着したときには、すでにいぶきの姿はフロアから消えていた。

緋毛氈が敷きつめられた武家屋敷正面玄関前の駐車スペースに来賓用の椅子と演台が並べられ、道の駅落成式の特設会場は出来上がった。
相当数用意された来賓用にパイプ椅子席は、そのエリアを囲むように仕切り柵が二重に立てられた。
内側がマスコミ用に、開放された外側の柵からは一般来場者が式典を見られるようになっていた。
ゲートオープンとともに、道の駅には開場を待っていた多くの客が流れこんだ。
お目当ての店舗に並ぶ人、建物の写真撮影に勤しむ人、式典の最前列を陣取る人さまざまだったが、時間とともに落成式を見物しようとする人の割合が増した。
横に長い道の駅と5階建のショッピングセンター合わせるとかなり広い延べ床面積がある。
かざねはどこから探せばいいのか途方に暮れた。幸いなことにショッピングセンター側につながる通路は閉鎖されていて、一般来場者の出入りを拒んでいる。
道の駅とは開業日が異なるとの注意書きがここかしこに見受けられた。
さしあたり探すのは道の駅。かざねは、人込みの腰から下に目を配りながら、道の駅の中をいぶきを探し、尋ね歩いた。
やみくもに尋ねる相手を選んでも、幼児ひとり気にとめる者などいないとわかった。
かざねはオレンジ色のジャンパーを着て、腕に案内係の腕章を巻いたスタッフたちに声をかけた。
彼らなら、偶然いぶきを見かけたことを記憶に留めているのではないか。
そう考えて、スタッフひとりひとりに4歳のいぶきの容姿を簡潔に伝え、答えを求めた。
白いポロシャツにグレーのブレザータイプの上着、紺色の半ズボンにプーマの運動靴。
しかしだれひとり、いぶきを見た者はいなかった。
場内アナウンスで呼び出してあげましょうかと親切心で提案をしてきた者もいたが、まだその時ではないと、かざねは申し出を断った。
道の駅のどこかにいぶきは必ずいる。いぶきはすぐに見つかる、とかざねは本気で思っていた。
しかし思い当たる場所にいぶきの姿はなかった。
いぶきが好んで行くような場所が道の駅に見当たらない。
少年団による鼓笛隊の高らかな演奏とともに、いよいよ道の駅落成式が始まった。
来賓席には、町長をはじめとする石束町の名士たちがずらりと並んで鎮座する。
道の駅の中、どこを探してもいぶきは見つからなかった。
吐息をついてかざねが天を見上げたとき、玩具店のものと思われる大きな看板が視界の隅に見えた。
それは隣接するショッピングセンターの外壁に掲げられているものだった。もしかして。
かざねはショッピングセンターの保安室を訪ねた。
詰めている警備員に迷いこんだ子どもがいないか尋ねた。
すると、いぶきに似た子どもが侵入した事案が、ついさっきあったという。
警備員の許可を得てかざねは専門店街フロアの玩具店を訪れた。
店のオーナーの話を聞くにつれ、その子どもがいぶきに間違いないと意を強くした。
しかしその後の足取りがつかめない。かざねはいぶきを捜して、ショッピングセンター内をくまなく回った。
警備室では数人の警備員がモニターの前に集まり、リアルタイムの監視カメラの映像に見入っていた。
しかしかざねの姿を捉えることはできても、いぶきを捉えるカメラは一台もない。
開業前のほぼ無人の吹き抜けに、いぶきの名を呼び続けるかざねの声が空しく響いた。
巡回していた警備員から、建物内にいれば発見次第知らせると伝えられ、かざねは一端建物から出ることにした。
非常用の鉄のドアを開けると、パラソルが立ち並ぶ広場に出た。
三日月状に広がる広場が地上階ではなく、2階のテラスであることに気づいたかざねは、テラスの手すりから身を乗り出した。
そこから道の駅の全景、その周辺の町並みと田畑が一望できた。
だが、まず目についたのは道の駅落成式式典の様子だった。
式典は粛々と行われているように見えたが、ちょっとしたハプニングが起きているようだった。
演台と来賓席の間に、ちいさな子どもが立っているのだ。いぶきだった。
いぶきは右手の人差し指を立て、表情を消したまま演台に立つ男をまっすぐ指さした。
幼いいぶきの行動を止めようとする者はその場に誰もいなかった。
誰ひとりとして、いぶきの行動の真の意味を理解できないのだ。
演台の男は演説を中断し、いぶきと視線を交わした。口角をあげマイクスタンドを握り直すと、聴衆を見渡して言った。
「このような小さなお子様までもが支援をしてくださって、私は本当に心強い。私、蛭間健市ますますこの町の発展に尽力して参る所存です」
小さな笑いと拍手が沸きおこった。報道カメラのシャッター音と聴衆の拍手が鳴りやまないうちに、蛭間の表情から笑みが失せていた。
いぶきのその指は次に来賓席のふたりの男に向けられた。
パイプ椅子に窮屈そうに座る体格の良い坂口大輔と、銀縁の眼鏡かけた玉井聡だ。
ふたりは一瞬表情をこわばらせたが、周囲の視線を感じてすぐに作り笑顔を浮かべて平静を装った。
玉井は眼鏡をかけ直し、坂口はあご髭を撫でながらいぶきに言った。
「坊や、人を指さすものじゃないよ」
坂口が立ち上がりかけたとき、6時の方角から女性の大声が落成式会場に放たれた。
「いぶきぃぃぃ!」
ショッピングセンターのテラスから声を張り上げて、かざねがいぶきの名を叫んだのだ。
誰もが一瞬その声がした方向に気を取られる中、いぶきはにじり寄る坂口の鼻先を執拗に指さし続けた。
かざねはいぶきの名を呼びながら、地上階に通じる外階段を転がるように駆けおりた。
かざねの声が坂口には「その子を捕まえて」と聞こえたのか、坂口は両手を広げていぶきに接近した。
いぶきの目にひげ面の坂口は、地球を滅ぼす恐ろしい怪物に見えたかもしれない。
簡単にいぶきを捕まえられるだろうと軽く振りおろした坂口の手を、いぶきはするりと交わし、大きく開いた股の間を素早くすり抜けた。
パイプ椅子の列を走り抜け、フェンスの隙間を掻いくぐり、いぶきは瞬く間に群衆の中に紛れて消えた。
落成式が終了し群衆が三々五々に散らばる中を、かざねはいぶきを捜した。
何時間も何時間も道の駅の中を、日が暮れるまで捜し続けた。