小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

碧い涙 ~アオイナミダ~

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 そうして夏休みが近づいてきていることに少しだけほっとしながら、早くミアに会えないのかとそればかりを気にするようになった。ミアに会ったら、まず最初に謝らないといけない。そして、お詫びに新しくブレスレットをこちらからプレゼントしよう。
 僕はカレンダーに毎日印を付け、部屋に戻る度に何度もその日を確認した。あともう少し。もう少しなんだ。
 ずっとミアのことを思いながら過ごしていたけれど、ふとその日の夜、不吉な夢を見た。
 それはあの宵闇に沈んだ海岸だった。その夢の中では生温かな潮風の感触や、どこか遠くから深く響いてくる潮騒など、全てが鮮明で、僕の意識ははっきりしていた。
 ミア、と僕は囁きながら、周囲へと意識を向けたが、その時、ふとか細い声が聞こえてきた。それは小刻みに途切れ、掠れ、ナイフで空気を少しずつ切りつけるような、そんな泣き声だった。
 ミアが、ミアが泣いているのだ。
 僕は胸が固い拳で握り潰されるような感覚を抱きながら、彼女の姿を目に焼き付ける。彼女は顔を手で覆って、長い青い髪を乱れさせて、嗚咽していた。その肩が大きく揺れる度に髪がばらばらと崩れて、それは僕の腕から落ちた貝殻の残骸のようだった。
「浩介……浩介、浩介――」
 彼女はずっと僕のことを呼んでいた。必死に僕へと声を届けるように、そしてその願いが叶わないということを知りながらも、囁き続けた。
 ミア、僕はここにいる!
 僕は必死に意識の声を張り上げるけれど、彼女には届かない。
「浩介……私はやっぱり一人じゃ駄目だよ。浩介がいないと何もできないよ。浩介は私のこと、忘れちゃったの? もう会わないの? 私をこの海に捨て去るの? そんなの、そんなの嫌だよ、」
 彼女の声がざくざくと僕の胸を切り刻んでいく。違う、ミア、僕は必ず君の元に会いに行くよ! 信じて、悲しまないで。僕はずっと君の側にいるよ。でも、その言葉は彼女の悲痛な声に溶け込むことなく、無残に散ってしまう。
「なんで、私の約束を破ったの? 私と繋がっていたくないから?」
 ミアは自分の腕のブレスレットを握りながら、顔をぐちゃぐちゃにして泣き続けた。その鼻から流れ落ちる鼻水も、額にばらばらに張り付いた前髪も、彼女の純粋な心をただ表していた。だから、僕は声の限りに叫び続けた。
 ミア、そこで待っていて! 僕は絶対に会いに行くから。
 その声は届かない。
 会いに行くよ、ミアを見捨てたりしないから!
 その願いは届かない。
 だけど、僕はミアのその肩にそっと手を伸ばす。その時空を切り裂く掌で彼女に触れる為に。

 *

 次に目を覚ました時、僕の体は汗だくで、悪寒が肌を粟立たせた。僕はゆっくりとベッドから身を起して額に手を当てるが、彼女の耳を突き刺すような泣き声が今でも胸に刻まれていた。僕はそっと時計を確認して、五時半か、とつぶやいた。
 部屋の隅に置いてあったボストンバッグには、もうミアの元へと向かえるように荷物が用意されていた。あの海岸への路線は頭に叩き込んでいた。
 もう、迷う必要はなかった。
 ベッドから立ち上がって寝間着を脱ぐと、僕はTシャツを着て、ジーンズを履き、そのままボストンバッグを手に取る。明日からは土日が続き、何とか行けないこともないはずだ。ミア、と僕はつぶやき、母親にメモを残してそのまま家を出た。
 列車を乗り継ぎ、窓の外の景色を眺めながら、何度も僕は拳を握った。ミアの気持ちを理解してやれなかった僕は、本当に馬鹿だ。ミアが僕がいなくて平気な訳ないじゃないか。
 ――私を馬鹿にしないで。浩介がいなくても、一人で生きていけるよ。今までずっとそうだったんだから。
 僕はあの彼女の言葉を信じて、今まで何とか乗り切ることができたのだ。でも、それは彼女の精一杯の僕への愛情だったのだ。彼女は本当はあの夜に何度も涙を流し、僕に恨みの言葉と懇願の願いと、そしてただ純粋な気持ちを連ねていたのだ。
 これは僕があまりにもミアの気持ちをわかろうとしなかったことに原因がある。僕は今すぐにミアのところに行って、彼女に謝らないといけない。勉強なんてどうでもいい。何故そんな長い間彼女をほうっておいて、すぐにでも会いに行ってやれなかったんだろう。
 僕はミアがくれたブレスレットをもう一度取り出して見つめる。貝殻のその重みが掌に圧し掛かる度に、彼女の深い愛を思い出して僕はぐっと胸を詰まらせる。彼女はどういう気持ちでこのブレスレットを作ったのだろう。
 本当は離れたくないのに、仕方なく僕のことを想って、ただ心だけは繋がっていたいとそれを作ったのだ。それを僕は、ミアの心の結晶を引きちぎってしまったのだ。
 それはあまりにも残酷だ。だから僕は彼女にそのプレゼントを一足早く伝えようと思う。
 そこでふと気付く。その貝殻の内側に、何かが滑り込むようにして固まっていることに。それは青く透き通った石の欠片で、不思議と他の貝殻の端にこびり付いていたり、青い結晶がところどころに散りばめられていた。
 僕は何だろうと思ったが、その美しい青い結晶を見つめていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。その透き通った色彩を見つめていると、彼女がいるあの海の潮騒がどこからか聞こえてくる気がした。すぐ側に彼女の笑い声が聞こえたような、そんな安らぎを与えてくれた。
 ブレスレットをそっとバッグに仕舞うと、ただ目を閉じて祈り続けた。ミアの身に何もないことをずっと願い続けていた。そうして列車を乗り継ぎ、その窓の外の景色が移ろってやがて美しい夕焼け色に輝く海が見えると、僕は窓にしがみついて食い入るように見つめた。
 その海岸に着く頃にはすっかり夜になっていた。僕は駅からそっと出てくると、草いきれが漂う茂みに覆われた道を掻き分けるようにして進み続けた。その砂浜が見えた時、僕はもうボストンバッグを投げ捨てて、波打ち際へと駆け続けた。
「ミアーーッ! ミアーーッ!」
 声を張り上げても、あの岩の上には彼女の姿はなかった。僕は波打ち際に膝をついて息を切らせながらも、何度も何度も彼女の名前を呼び続けた。
 ミアは一向に現れず、僕の中であの悲しみの声が蘇ってきて、僕は今にも頭を抱えて砂浜に突っ伏し、喉を引き裂くような絶叫を上げそうだった。
 ミア、お願いだから。また僕の元に来てくれ。あのきらきらと輝く眼差しを見たいんだよ。
 僕は息も切れ切れになって、砂浜に崩れ落ちると、彼女がいつも歌っていたあの歌を囁き続ける。それは僕の彼女を呼ぶ声が潮騒に紛れて消えてしまわないように、海のどこまでも染み通っていく願いを籠めた歌声だった。
 ミア、もう一度会いたいんだ。
 そうして顔を上げた僕は、瞼を大きく見開き、その月明かりの下で輝く青い髪が翻るのを見た。
 気付いた瞬間には、僕はミアの腕で包み込まれていた。すぐ間近に彼女の少し水に濡れた柔らかい肌の感触がある。
「ミア?」
「うん、浩介。待ってたよ」
 彼女はそっと間近から見上げてきて、うっすらと微笑んだ。
「ごめん、ミア。僕はミアのこと、傷つけちゃったんじゃないかな」
「大丈夫。私は浩介のこと、ずっと待っていたけど、絶対に信じていたから。よかった、本当に……浩介が、浩介がここにいる」