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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
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影さえ消えたら 7.真実 (最終章)

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 綾女が住む古アパートの前には、白い乗用車が一台止まっていた。どこかで見たことのある車だな、と思っていると、そのむこうから真夕が飛び出してきた。

「お母さん!」

 そう叫ぶなり、真っ赤に泣きはらした目で綾女に抱きついた。泣きすぎたせいか声が枯れている。綾女は真夕の髪をなでながら何度も「ごめんね、心配かけて」と言った。

 車の影から姿を見せたのは、桐生大輔と牧琴菜だった。

「なんやあおまえその格好!」

 近隣に響き渡りそうな大声で大輔が叫ぶ。巨体が暑苦しく迫ってくるのにたじろぎながら、隼人は言い訳を考える。
 大輔は隼人の肩をつかんで全身を舐めるように見渡したあと、また声を張り上げた。

「おまえんちの前を通りかかったら偶然真夕ちゃんに会うてなあ。お母さんがおらんようなったて泣いとったんや。せやから俺ら車でこの辺回ってたんやけど、なんやねんこの格好は!」
「いやー……河を見てたらちょっと泳ぎたくなったっていうか……」
「アホかおまえは! 靴も履いてへんやないか!」
「水に流された……かな」

 苦しい言い訳をする間も、大輔は隼人の体を揺さぶってくる。痛みに思わずうめき声をあげると、体のあちこちにある傷跡や痣に気づいたのか、大輔は目を見開いた。
 それから唐突に隼人の体を担ぎ上げる。

「うわっ……なにするんだよ、大輔!」
「話はあとや。治療が先や。俺の服でよかったら車に替えがあるから貸したる。利子は高いで」
「おまえの服なんかデカくて着れるか! 自分で歩けるから下せよ!」

 隼人が太い腕から逃れようともがくと、大輔は意外にもすんなりと力をゆるめた。

「アホなことばっかしてんと、たまには俺にも相談せえよ」

 そうつぶやいた大輔は、幼いあの頃と同じように目を細めて隼人を見つめていた。彼と本音で話さなくなったのは、いつからだっただろうと胸がきしみ始める。

 隼人が言葉に詰まっていると、「ただし相談料は高いで」と大輔が言った。目を見合わせた二人の間で笑いがはじけて、お互いに体を押しあった。足に力が入らなくなっていた隼人はいとも簡単に飛ばされてしまい、そこへ琴菜がかけよってきた。

「あいつ、根はええやつやから、友達からふんだくったりはせえへんよ」

 薄化粧の琴菜がそう言って苦笑いをする。こめかみのあたりにうっすらと古傷が見えて、やはりあのとき図書館の前で助けた少女は琴菜だったのだろう、と思う。

 琴菜は綾女に歩みよって口を開いた。

「……いらん噂流してもうて、ごめんな……」

 うつむいたままそう言った琴菜の頭を、大輔がくしゃくしゃとかきむしった。

「こいつ、おまえに嫉妬してたんや。綾女があんまりにも美人でモテて子供までおるもんやから、幸せに嫉妬したんや。許したってや」

 すると琴菜は「あたしはそんなこと言うてない!」と大輔につっかかった。彼は「その不細工な化粧、サッサとやめたらええのに」とまだふざけていて、どこまでが琴菜の本音かわからない。けれど綾女と視線をかち合わせた途端、またうつむいてしまった琴菜の頬は涙で濡れているようだった。
 大輔はポンと彼女の肩を叩くと、勢いよく頭を下げた。

「俺もいらんことしてもうた。ほんまスマンかった」

 大人二人が頭を下げる様子を真夕は目を丸くして眺めていたが、抱きよせる綾女の腕に力がこもったのか「お母さん、痛い」と声を上げた。

「ううん……うちこそ……ごめんな」

 眉根を寄せながら綾女が苦し気にそう言う。ノートは破り捨てて例の口紅も処分することになった。彼らに消されてしまった記憶はないようだが、消してしまった記憶は綾女の中に残り続ける。そのことと綾女がどうむき合うのか、隼人には見当もつかなかった。

「なんでおまえが謝るんや」
「なんぼ謝っても……謝りたりひん」

 真夕の頭を抱えたまま綾女がそうつぶやく。すると大輔が彼女たちの背中をそっと押した。

「おまえも靴履いてへんのか。とりあえず家入ろうや。きったない隼人を風呂に突っ込んで、話はそれからや」

 優しい口調でそう言って綾女の背中を押す。今思い返せば、大輔はいつだってそうだった。体が大きくて頭の回転も速く、近所の少年たちのボス猿的な存在だったのに、綾女にはいつも壊れ物にふれるような接し方をしていた。

 彼らのうしろ姿を見ながら階段を上がっていくと、琴菜が声をかけてきた。

「丹羽君は……もう東京に戻るん?」
「ああ……うん。たぶん、あさってには」
「あたしはもうちょっとここでがんばることにするわ……」

 関西弁を使う琴菜の姿に、ようやく眼鏡でおさげ髪の懐かしい同級生の姿が重なる。

「だから丹羽君も、むこうでがんばってな。応援してるから」
「ありがとう……牧もいつか、やりたいことをやれるといいな」

 心からそう願って微笑んだ。笑い返してくれた琴菜の顔には、ほんの少しの希望が浮かんでいる気がした。