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Memories of You

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3.



 僕と彼女の出会いは友人の結婚式の二次会だった。
 ちょっと昔ならそう言う事って良くある話だったみたいだけど、僕の友達にそうやって彼女をゲットした奴なんかいない、彼女の方も多分そうなんじゃないかな?
 ただ、僕たちの場合はただ列席しただけじゃなくて、彼等の思い出の曲を一曲演奏したんでちょっと事情が違うけどね。
 曲は『メモリーズ・オブ・ユー』。
 古い曲だけどちょっとピアノで弾いてみるとロマンチックで優しいメロディ、ノスタルジックな感じもあってとても良い、あいつ、意外とロマンチストなんだなって思った、そして当日は花嫁の方の友達のクラリネット奏者とデュオすることになってる、ちょっと楽しみにしていたんだ。

 
 会場が開く30分前にリハーサルのために僕と彼女は初めて顔を合わせた。
 クラリネットという楽器から連想したとおり、大人しい感じの柔らかな雰囲気の娘で、はっきり言ってタイプだったんで嬉しかったのを良く覚えている。
 僕も彼女も音大出でクラシックが専門、と言っても演奏で食って行ける程でもなく音楽教室で教えながら時々こういう店で演奏している、と言うところも同じで最初から話は合った。
 二人ともジャズは専門外、と言っても『メモリーズ・オブ・ユー』はメロディが充分に魅力的だからアドリブとかもそんなに必要ない、クラリネットにちょっとだけアドリブパートを付け加えることにして合わせてみた。
 彼女も『メモリーズ・オブ・ユー』のメロディは気に入って何度も練習してきたと言う事で何も問題はなかった、ただ、やはりアドリブとなると彼女もちょっとぎこちなくて、途中でクラリネットが途切れてしまった。
 僕は時々ホテルのラウンジでジャズサックス奏者とデュオする機会があるんで少しはアドリブと言うものも理解してる、彼女がちょっと困ってる様子だったので軽く鼻歌で助け舟を出してやるとクラリネットがそれに付いて来た、コツというかきっかけさえつかめれば彼女もプロだ、滑らかにメロディが流れ出し、再び合奏パートへ……。
「上手く行きそうだね」
「ええ、助け舟ありがとう、おかげさまでアドリブパートもこなせそう」
 彼女の笑顔に僕も嬉しくなった。

 本番はリハーサルよりずっと上手く行った、クラシックの演奏会だと静かに聴くのがマナーだけどグラスや食器の触れ合う音、ちょっとしたざわめきの中での演奏もリラックスした雰囲気で中々快適なもの、彼女もリラックスした感じでアドリブものびのびと演奏できたようだ。


「すげぇ良かったぜ、ぜんぜん古臭く聴こえなかったよ、それに初体面なんだろう? 良くぴったりと合わせられるもんだな」
 席に戻ると隣の友人が話しかけて来た。
「まあ、譜面があれば演奏すること自体は問題ないけどな」
「でもそれで息がぴったり合うってのは相性がいいんじゃね?」
「そうかもな」
 そう言ってはす向いに座っている彼女を見るとにっこり笑っている、僕はどうもこの笑顔に弱いみたいだ。
「裕香の着信メロディだって知ってた?」
 と、彼女の隣の友達。
「俊介のもこのメロディなんだ、洒落たことするよな」
 と、僕の隣の友達。
「この曲にまつわるすっげぇロマンティックな話、聞きたい?」
 俊介と特に仲の良い奴が言い出すと誰もがそいつに注目する。
「この曲ってさ、俊介達の思い出の曲ってだけじゃないんだぜ、俊介の携帯ショップのお客さんがね……」
 テーブルの面々はそいつの話に聞き入った。

「……骨董品ってさ、品物の良し悪しだけじゃなくてその品物にまつわる物語があると余計に価値が付くんだよ……あ、これって俊介から聞いたんだっけ……ま、そういう話がこの曲にはあるってわけ」
 予想以上にロマンティックな物語に女性陣はうっとり、男供までロマンティックな気分になっていた。
 ご多分に漏れず僕も思いっきりロマンティックな気分になって彼女の方をチラリと見た、彼女の方はずっと俺を見ていてくれたみたいだった、そして小さく頷いてにっこりと笑いかけてくれた……その彼女の笑顔に僕のハートはがっちり掴まれちゃったんだ、もう身動き出来ない位にね。


 しばらくして僕は携帯の着信を『メモリーズ・オブ・ユー』に変えた。
 彼女もね。
 そして、陽介たちが二次会をやった店にちょくちょく二人で呼ばれるようになった、僕らの演奏を気に入ってくれたらしい。
 
 今日はご主人の退職を期に東京を離れる事にしたご夫婦を囲む会だそうだ、そんなパーティを開いてもらえるなんて、さぞ感じのいいご夫婦なんだろうなぁと思う。
 ひと月前からポケットの奥で出番を待っている指輪の出番は今日かもしれないな……。

「あれ? 俊介?」
「よう」
「何でお前がここにいるんだ?」
「嫁さんがさ、今日の主賓の奥さんがやってたキルティング教室の生徒でね」
「ふぅん……」
「何だか疑わしそうだな、いや、キルティング教室の生徒がこの会の言いだしっぺでさ、嫁さんがこの会場を推薦したってわけだ」
「なるほどね……でもさ、奥さんが出席するのはわかるけど、なんでお前まで?」
「家が近所なんだよ、感じの良いご夫妻だからさ、夫婦共々仲良くさせてもらってたって訳」
 
 思ったとおり、主賓はとても感じの良いご夫妻でこういう会を催してもらえるのも頷ける。
 会は和気藹々、付き物のスピーチもご夫妻の人柄を表すエピソードばかりで暖かい笑い声が絶えな……、そんな雰囲気だったから僕達も気持ち良く演奏できたし、ポケットの中の指輪もどうやら出番が近いとばかりにそわそわし始めた。

 僕達は特にリクエストがなければ最後を『メモリーズ・オブ・ユー』で締めくくることにしてる。
(指輪を渡すのはその後すぐかな……)。
 そんな事を考えながら演奏しているうちに、お開きの時間が近付いてくる、僕の頭の中はもう指輪のことで一杯だったのだが……。
 
「一曲リクエストさせてもらってもいいかしら?」
 突然、主賓の奥様から声をかけられた。
「はい……知っている曲ならばですが……それとも楽譜をお持ちなら……」
 主賓のリクエストとあっては聴き遂げなければいけない、今か今かと出番を待っていた指輪もがっかりしてポケットの底に座り込んでしまったような気がする。
「楽譜はないの、古い曲で申し訳ないんだけど……『メモリーズ・オブ・ユー』はご存知?」
 僕も驚いたが、彼女も目を丸くしている、ポケットの中の指輪までも小躍りしている。
「はい、良く存じてます」
「そう、良かった……私たち夫婦の思い出の曲なのよ」
「え?……ということは、もしや……」
「そうなの、私たちが『呼び出し電話』なの」
「そうでしたか……心を込めて演奏させていただきます」
 
 何十回も演奏してきた曲だが、改めてそのロマンティックなメロディに酔いしれながら演奏した、彼女のクラリネットはいつにも増してしっとりと歌い、僕のピアノもクラリネットをそっと包み込むように寄り添った……もうすっかりそう言う気持ちだったからね。

「とても素敵だったわ……あなた方はこの曲がお得意って聞いてたから楽しみにしてたの、素敵な思い出がまたひとつ増えたわ、どうもありがとう……」
「お気に召していただけたならこちらも幸せです……」
作品名:Memories of You 作家名:ST