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擬態蟲 下巻

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12 福田善一と絹代



【擬態蟲】12 福田善一と絹代

http://www.youtube.com/watch?v=LZK93C5WUaQ
Sadko Song of India Rimsky Korsakov

強かに殴られ、その後、丘の坂道を転げ落ち気を失っていた善一は、
気がつくと夜空には満月が見えた。
気温は急激に下がったのだろう身震いをしながら起き上がると、鼻水なのか鼻血なのか、
鼻の周りが痛み、いくら啜ってみても液体が流れ出るような感覚が不快だった。膝をやられているのか、よろよろと立ち上がり、坂を登ってゆく。
土蔵が見えた。どんな状況であろうと、今度こそ桑畑権蔵を止めてみせる、そう自分に言い聞かせながら。
善一は意を決して土蔵の扉を開けた。
真っ暗な土蔵の中では、
桑畑権蔵がまるでミイラのように内容物をすべてストローで吸い出されたような、もぬけの殻のような青白い顔・・いや全身を青白くして全裸のまま座りこけていた。
確かめたわけではないが、善一には桑畑権蔵は死んでいるように見えた。
そっと近づき目の前で手を振ってみても、鼻を指で塞いでみても、
力強く体を揺すってみても、桑畑権蔵は意識を取り戻すことはなく、
寝息もなく、硬直した体がゴロリと土間に倒れただけであった。
不思議なもので善一は、恐れるでもなく、また歓ぶ訳でもなく
冷静に受け止めることができた。
すると恐怖よりはなにかほっとした感情が沸き起こり深い息を吐いた。
しかしこの土蔵には絹代がいる。
まさか絹代の身に何かが起きているのではないか!と思うと再び善一は戦慄し手近にあった鎌を手にする。階段を下りてくる気配を感じ恐る恐る見上げると、そこには全裸の絹代がいた。
観てはいけないものを観てしまった。
観てはいけないが観たくて仕方なかったものでもあった。
桑畑権蔵ももはやいない。
善一も世が世ならば来春には元服を迎える歳だ。
秘め事に興味が無いわけがない。
ただ経験がない。
その戸惑いが善一の足元をもたつかせた。
しかし愛するものを愛でるのに経験の有る無しなどなんの関係があろう。
若い故の失敗をなぜ為す前に、考え込んでしまうのか_。
わけのわからない激しい動悸とときめき。
極度の興奮で手に持っていた鎌を落としてしまう。
その音に気がつくと絹代は善一の存在に気付く。
互いの視線があうと、互いに恥じらいを浮かべ、しかし互いに引き合うように腕を絡め、縺れあわせ、抱きしめあう。

作品名:擬態蟲 下巻 作家名:平岩隆