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擬態蟲 下巻

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11 衝突



【擬態蟲】11 衝突

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LA&feature=related
Khachaturian_Cello_Rhapsody_3

その夜、廓は兵隊たちが大挙して押し寄せて何時にもまして大盛況であった。酒池肉林の騒ぎはおさまることをしらなかった。
そんな廓の裏の庭園、その向こうに池を挟んだ「はなれ」に
桑畑権蔵と長身のやせ細ったモノクルをつけた紳士、そして白石小隊長が宴席を設けていた。そのことを聞きつけた大塚とネルソンと熊山。
そして福田千吉が、女将に話をつけて見張りの兵隊の取り囲む「はなれ」に向かった。いつものように鯉こくと蚕の蛹の料理をつまみに
三者が酒を酌み交わしている中を、なかば強引に「はなれ」に上がりこむ。
「桑畑権蔵さんに実はお話がありまして_。」
ぞろぞろと大塚、熊山に続いてネルソンそして福田千吉が席に通された。
「急を要するお話なもので・・失礼いたします。」
「いったいどうしたんだい、千吉さん?」
席に着くと大塚は饒舌に話を始めた。
「実はですね・・。桑畑権蔵さん・・緊急株主総会を開いていただくことになりましてね。

「なに?!」桑畑権蔵の眉間に皺がよる。
その強い眼光はおどおどと畳を見下げる福田千吉に向けられた。
「我々はあなたの所有する以外の株式、つまり5割を集める目処が立つに至った。勿論、福田千吉君の分も含めてだが。
そこで、あなたの代表権を停止し、我々が會社の経営権を担うことを提案する。あなたのような旧来然としたやくざ風情の人間が。
裏で外国人娼婦を囲っているような人物が。
お会社の経営のトップでは、これからの時代はやっていけんのですよ。
これからは世界を相手にしていかないとね。それにはあなたは時代遅れ過ぎる。」
「随分とハッキリとものを言うじゃないか、両替屋が・・」
桑畑権蔵の頬はぷるぷると震え怒りのために広がった全身の血管に血液が広がっていった。
「まじめな話、ここいらで引退された方が・・身の為ですぜ。
もう一生遊んで暮らせるぶんだけは稼いだでしょ?」
熊山にも舐めた口を利かれているのが更にアドレナリンを沸かせた。
「ワレワレは、真のビジネスパートナーを探しています。
それが福田千吉さんだと確信している。」
分けのわからんケトウにもたいした謂われようだ。
だが、桑畑権蔵は、苦虫を潰したような顔をして聞いていたが。
「千吉さんよ。」
桑畑権蔵は憤激のあまり、のどから搾り出すような声を出した。
「俺はごろつきだが、商売に関しても仁義を欠いたことはなかったはずだ。勿論冷酷な部分もあったろうし、非情な部分もあった。
だがこれもこの郷のため。そして御国のため。そして天皇陛下のため。
そしてこの會社は天皇陛下の御代を実り豊かにするための云わば公器。
その公器を司るは、おまえの息子、福田善一こそふさわしい。
そう思うてきたんだがなぁ・・。」
福田千吉は唇をかみ、畳の端を見ていると、熱い涙が溢れ出た。
「あなたは私の家族を人質にしてきたじゃないか!
だのに、よくもそんなことが云えたな!」
桑畑権蔵はクッとこみ上げる怒りを噛み殺すように、言葉を搾り出す。
「おまえさんがそう思うならそれでいいさ。
善一には大学いや外国の大学への留学資金も貯めてやったのに。
お上さんの湯治場だって、それが為だけに建て替えてやったのに。
まぁ余計なお節介だったようだ。
俺は、おまえさんがそういうならば。
おまえさんがそれでよければそうすればいい。
俺はおまえさんが選んだ方法に従うさ。
俺たちの代では成し遂げないような大きなことが善一の時代になら出来る。列強を打ち崩し、世界に天皇陛下の御力を広げるのだ、そんな時代が。おまえさんがこの會社しょって立ってくれるなら文句は言わんさ。
だが俺が株を手放しても、これではおまえさんが頭にはなれないだろうよ。」
そのとき、福田千吉はようやく自分が罠にはめられたことが分かった。
大塚は結局自分の持ち株にしか興味がないのだ。
結局、圓寅養蚕株式會社はこの両替商に乗っ取られてしまう。
まんまとその術中にはめられた自分が悔しくなった福田千吉は
震える声が漏れるのを堪えた。
大塚はしてやったりと大きな顔をしていた。
「くだらない。実にくだらない。」
桑畑権蔵の客人のどじょう髭の紳士が声を出した。
「まさかこんな田舎芝居で株主総会のつもりでもなかろう。」
大塚は紳士の方に目をやるときつい眼光を放った。
「横から茶々入れるのは勘弁してくださいな。」
その大塚の出過ぎた慇懃な態度に紳士の表情がきつくなり声を上げた。
「我輩は佐佐木原製薬株式會社の社主の佐佐木原清人である。」
大塚はその名前に聞き覚えがあった。
先の清国との戦いでは軍人としても華々しい軍歴を持つ男。
退役したとはいえ高名な軍医にして、
今なお陸軍の進めるその名も「富国強兵計画」のトップに名を載せる人物。世界最強の兵士を作り出すという謎の計画_。
退役後は信州で佐佐木原製薬株式會社を興し莫大な財産を得たとされる男。現在では我が国有数の資産家にして爵位も検討されている男。
その男がやくざ者のような風体の桑畑権蔵の友人だというのか_。と。
「我が友人にして憂国の志士であり、優秀な企業経営者である桑畑権蔵氏には我が佐佐木原一族が責任を持って5仟円の投資を行なう。
そのことは桑畑権蔵氏も了解のこと。
現業を持たぬ金貸しごときが口を出すことではないわ!」
大塚も負けじと声を張り上げる。
「我々横濱外国為替両替所は政府の許諾を得て・・」
「黙らっしゃい。我が大日本帝國の隆昌は富国強兵政策の元で行なわれる。わからんか?全ては軍のため、ひいては皇国のため、なのだ。
我が佐佐木原製薬株式會社と圓寅養蚕株式會社は新たな研究分野と開発のために共同で新会社を設立することとした。
よって、仏蘭西製の最新機械を導入した工場計画についても
新しい新會社で行なう。だが、自己資金で行なうので金貸しの出る幕はない。」
「そ、そんな・・・だが私の株式の持分比率は・・守られるはずだ!」
次の瞬間、ピストルの発射音がして、火薬の臭いが広がった。
佐佐木原清人の目の前で大塚は眉間に空いた穴から血を流して倒れた。
桑畑権蔵は、息を詰まらせていた。
倒れた大塚の横に座り頭を垂れていた福田千吉は、声もなくじっと下を見続けた。佐佐木原清人の横に居た白石小隊長がピストルを仕舞う。
ネルソンは反射的に両手を上げた。
「コレは日本の軍部が起こしたスキャンダルだ・・!」
ネルソンは荒らげた声がひっくりかえってしまった。
「コノ件ガ明ラカニナレバ国際社会ハ日本政府ヲ許サナイダロウ!」
「モシ・・私ノ身ニ危害ガ加ワレバ、アメリカノ大艦隊ガ横濱ノ港ヲ覆イ尽クスゾ!」
白石は躊躇なくネルソンを射殺した。
残った弾で、震える熊山の頭部を吹き飛ばした。
白石小隊長は静かに口を開くと表情も変えず小さな声で話し出す。
「佐佐木原大佐、西洋人淑女の人身売買ならびに売春強要をしていた外道をみつけ取り押さえようとしたところ、抵抗されたのでやむなく射殺いたしました。」
佐佐木原清人は軽く敬礼をする。
作品名:擬態蟲 下巻 作家名:平岩隆