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南洋パラヰソ 勃興記

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南洋パラヰソ 勃興記



https://www.youtube.com/watch?v=5gjRoulw4PY
Panorama Steel Orchestra / Coral


 当時の私は・・なにものでもなかった。
まさに、吹けば飛ぶような・・他愛のない存在だった。
なにかを成し遂げようという意思もなければ、
なにをしても長続きするような根気も持ち合わせてはいない。
そこそこに喰っていければいい、とだけ思っていた。
そんな私を両親は実家の医院を継がせるべく医大に通わせた。
全ては苦痛だったが医師免許を取得することが出来た。
今思えばそれが全ての元凶だったのかもしれない。
ちやほやされてズに乗っていた。
目の前のカネに目がくらんだ。
激務に追われて酒に溺れた。
そうだったのかもしれない。
いや、そうでなかったのかもしれない。
単に慢心がそうさせた。
手元が狂った。
そうだったかもしれない。
いや、そうでなかったのかもしれない。
私は処置をミスして、さらにそれを覆い隠そうとして。
患者が亡くなった。
裁判になって。
果たして私は患者を助けようとしたのだろうか?
もともとそれほど思い入れのある仕事ではなかった。
だがそんな仕事すら失い。全てを失った。
もう昔のことで憶えてもいない。
業務上過失致死、多額の賠償請求。マスコミには「胎児殺し」と糾弾された。
両親からは絶縁され、身を隠すようにひとり街をさすらい、流れ流れて、港町に辿りついた。
そして外国航路の貨物船のキャビンに乗り込んだ。
行く当てなどない。そもそも日本語以外の言葉は怪しい。
パスポート?そんなもの持っていない。
”キャプテン”というフィリピン籍の男はにこやかに笑いながら法外な金額を要求してきた。
だがその程度のカネは持っていた。あぁアイツも密航者の扱いには慣れているようだった。
汽笛を鳴らし私の乗った貨物船は夜霧に紛れてコンテナヤードを離れていった。
行先なんてたいして気にも留めてなかった。どこでもよかった。
錆の浮いた船体は心地よいものではなかったが、刺さるようなひとびとの眼差しから解放されたため
気分は晴れやかだった。
 船は南下し4日ほど経ったか。
船は大きく揺れだした。台風に接近したらしい。
タガログ語なんだか訛った英語なんだか解らなかったが、”キャプテン”は迂回せず航路をそのままに進んだらしい。
山積みに積まれたコンテナが崩れ、船はバランスを失い傾いた。
大波の狭間を漂う木の葉のように。船体は傾いで、大波に翻弄された。
船員たちは大声で叫びながら救命ボートを降ろして・・私のことなど目もくれずに・・逃げ出した。
最後に”キャプテン”は私に一瞥するとそそくさとボートに乗り込んだ。
貨物船に取り残された私は更に波にもまれて、どこが上だか下だかわからなくなった。
三半規管が麻痺したのだろうか、傾いたキャビンのなにかの角に頭をぶつけて気を失った。

 気がつくと船体は恐らく45度程傾いていて噴き上がる海水が入り込んでいた。
しかし暫くすると波の勢いが弱まったようで、恐る恐る甲板に続く傾いた階段を昇って行った。
波は静かになっていた。荷崩れを起こしたコンテナは恐らく半分ほどは海に流されたようだった。
状態がつかめず、ブリッジに上ってみると明るい日差しが窓から差し込んできた。
台風一過の南洋の空は限りなく青く地獄のような陽の光が照りつけた。
私に操船などできるはずはなく・・だがこの船は傾いで浮いているだけではなかった。漂流し始めたのだ。
船はまだ電気は点いた。どこかに発電機があるのだろうか。在ったところで私には仕える代物ではないだろう。
そして厨房には逃げ出した船員たちの分の食糧もあって。
なんとか数日・・数週間は食っていけそうだ。
だがその食料も飲料水も尽きかけた・・ある日。
なにかにぶつかり、船は止まったのだ。
再び海水が流れ込んできたため甲板に飛び出すと、濃い海霧の中に他の船体が見えた。
衝突したのか?私はその気もないのに・・いや本能的に声をあげて助けを求めた。
だが声もなく。徐々に明るくなるにつれて、ぶつかった船が難破船であることが分かった。
そしてその船だけでなくこの周囲には幾隻もの難破船が密集していたのだ。
中には朽ち果てたようなオイルタンカーも見える。やがて船底の方からもの凄い音が響き
あぁ座礁したようだ。
自然の力というものは偉大なものだ。
台風に弾き飛ばされた難破船は海流に乗ってここに集まってくるようだ。
そして恐らくは急に盛り上がった海底地形なのだろう・・ここに座礁する。
つまりここは船の墓場なのだ。

 しかしこれだけの船の数が。ならば生存者も居るのかもしれない。
夜になり煌々と照明を点けてみた。
誰かが気づくかもしれない。
明け方まで照明を点けてみたがなんの呼びかけも得られなかった。
私は救命ボートを降ろし他の船に乗り移り、探検を開始した。
幾日もかけて探検を繰り返した。
そしてひとつの結論にたどりついた。

ここには私しかいない。

なんとも知れぬ孤独と絶望感、そしてそれを凌駕する開放感が胸にこみ上げた。
大英帝国の交易船が世界を支配していた頃から船舶貨物には保険がかけられている。
だから船一隻が行方不明になったところで誰が損するわけではない。
寧ろ広大な太平洋を探す手間を考えれば・・それは不可能なことに近い。
人工衛星で宇宙から探す?この誰も居なさそうな海域を軍事衛星がコースにとるとは思えない。
気象衛星はせいぜい台風を追っている程度の解像力のカメラしか載せてはいないだろう。
これだけの船が座礁しているのであっても、ほんの太平洋上のシミにしか思えわれないのだろう。
船員たちだって口汚い噂話の中で船の墓場のような暗礁海域のことが広まれば誰もここに近寄るものはいまい。
ここには誰もいない。
そしてここには誰も来ない。
よって、私はここの主であり王だ。
そう考えると、無意味だった私の人生はこの一瞬だけでもとても光り輝いてみえた。
そしてブリッジで歓喜の雄叫びをあげた。

 確かにこのときにはまだ発電機も機能していたし、必死に行動していたならば。
私は救助を呼ぶことが出来たかもしれない。
だが、私はそれを選ばなかった。

 昼間は灼熱の太陽光線が錆びた船体を焼き付ける。
台風が来れば荒れ狂う波が傾いだ船体を容赦なくたたきつける。
そんな過酷な環境だが、朝や夕べの凪は心を穏やかにしてくれた。
やがて私が乗ってきた船の発電機が機能しなくなって。
夜は暗黒の闇に包まれたが、満天の星空が頭上に広がった。
だがそのころには。
私は徐々にサバイバルの術を身に着けていった。
私は錆びた我が王国で生き延びてゆくために雨水を貯め、魚釣りの仕掛けを作った。
いや、まだ難破船の倉庫から漁り出した缶詰などの保存食糧の在庫は十分あったが・・。
他にすることもなかったこともあって。
釣った魚を干物にすることを憶えた。保存食という考えに至ったのには
勿論先々への不安があったからに相違ない。
だが絶海の只中にひとり居ることの自由な風を私は喜んでいたように思う。
その期間が何年続いたのであろう。
作品名:南洋パラヰソ 勃興記 作家名:平岩隆