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大いなる神の愛に包まれて

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”だって僕たちふたりの将来の為の研究だからさ。いつもありがとね。”

ふたりのうちのひとりが・・・私ではなかったことを知ったとき。

”キミはひとりでも生きていけるさ。”

私は職場を裏切り、連れ添った男に捨てられ・・そして、いまや警察に追われる身。
二束の札束だけを手に長距離バスに乗った。
着の身着のまま。
自暴自棄になって辿り着いた街の場末のホストクラブで男を買った。

なぜ・・?
なぜ慎二を殺さなかったのだろう・・
そしてあの若い泥棒雌猫を。
なぜ殺さなかったのだろう。
どうせなら生血がすべて流れ出るほど切り刻んでやればよかった。
呆けて命乞いのふりしてまた”ふたりの将来の為に”とか抜かすのを聴きたくなかったからさ。

しかしカネなんて。
カネが無くて死に物狂いに働いた母親。
その最後は寂しくも哀れだった。
だがあまり苦しまず比較的早く召されたのが私には救いだった。
買った場末の三十路越えのホストはカネに見合った仕事はしてくれた。
ホテル代が勿体ないと自分のマンションに私を連れ込んで手錠を使ったプレイを披露してくれた。
コトを終えた後、つまらない中年女の身の上話を聞かせると笑って云った。

”でもオンナのひとはパンツさえ脱げばカネになるじゃないですか”

こんな中年女じゃパンツ脱いでも銭にはなりゃしないさ。
猿轡をして全裸のままベッド柵に手足を手錠でつないでやった。
そのまま鍵はさっきハイヒールと一緒に捨てちまった。
ひょっとしたらこの寒さだからね、凍死してるかもね。
サッシを開けっ放しで来たものね_。
あぁ・・私・・もしかしたら殺人まで犯してしまったかも。
あぁ・・・どこまでも堕ちてゆく。
あぁ・・まるでろくでなしの父親のようだ。
あぁ・・これも血なのかしらね。
ろくでなしの血が私の身体に流れているから、こんな・・

もしも・・・?
元に戻せるなら?
元になんか戻せるものか。
でも、もしも、元に戻せるなら?
もういちど慎二を愛せるのか?

笑った。
冷たく凍てつく空気の中で、鼻で笑った。
此処には誰もいない。
此処には私以外の誰もいない。
大声で笑ってもいいんだ。
だから腹の底から笑った。
だが私の笑い声は冷たい冷気に冷されシンとした空気に消えていった。
漆黒の闇とはよく言ったものだ。
鬱蒼たる樹木の間を道は続いていた。
だからまだここは観光ルートなんだ。
そう思うとなんともつまらない気がした。
やがて森を抜けると明るい月明かりに照らされた開けた広大な広場に出た。
しかし樹木がないぶん、霊峰富士から吹き降ろす風をまともに受けた。
霊峰富士。

月明かりだけで頂の雪が白く闇の中から浮かび上がって見えた。
なんということだ。
風が強いせいか、雲もなく。
今気がついたが・・今日は満月なのか。
澄んだ満天の星空の中心に位置する満月に照らされて
神々しく輝く霊峰。
日本人はこの山を霊峰と呼ぶ。
この辺りにはいろんな宗教があるが皆この山を霊峰と崇める。
いにしへより神やら仏やら人間でないものたちが集った場所なのだろう。
確かにその名の通り。不自然なほどに美しい。
そしてその北側に広がるこの樹海には、現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の狭間があるという。
だから多くの自殺を試みるものがこの地に足を踏み入れる。
そう、私のように。

開けた広場の端に辿りつくとそこには自殺志願者に対してのメッセージが書かれた
ボードが立っている。

”ここからさき危険 立ち入り禁止”

”もういちど よく考えよ 道は開ける 山梨県警”

寒空に手持ちのライトが照らし出されたボード。

もういちど・・・。
道は開ける・・・。
そう。私の前に道は開けた。
深い道なきごつごつとした火山灰に深く根差した木々の間を登って行った。
ここからは整備された道はない。
太古の昔から人間の侵入を拒んできたような原始の樹海の中に入った。
するといっきに体感温度が低くなった。
呼吸をするにも辛くなるほどの冷気が鼻腔を通り肺臓を引き締めた。
見上げると樹齢数百年の太い木があり、そのふと太とした枝には首吊り用のロープがかけられていた。
そして足元には白骨化した人骨が転がっていた。
さすがに私は全身に震えが走った。
こんなに奇麗な白骨になるにはそれなりの時間が経っているはずだ。
首をつり、その骸は腐敗して地面に堕ち、野獣共に肉を削がれ、腐汁を蟲共に吸われ、骨は雨風に磨かれたのだろう。
心臓の鼓動は高鳴り、冷気は張りつめた心をさらに引き締めた。
だがライトの電池が切れたのか。
足元を照らすことが出来なくなった私は急斜面に足をとられ深い谷間に堕ちていった。
強く腰を打ったが気を失わずに済んだ。
いや夢を見ていたのかもしれない。
そこは月光が差し込むまるで月面のクレーターのような大きな窪みで
真ん中には巨大なコケに覆われた樹齢千年を超えそうな木が一本立っていた。
そしてそのまわりには夥しい数の白骨死体が地面を覆っていた。
窪みの中だからか・・富士山からの風を受けずにいるようで・・いやそれだけではない。

温かいのだ。
落ち葉が水分を含んで醗酵したのだろうか_。
やがて、ガサっと小枝が揺れる音がして目をやると、何者かが私を見ていた。
野獣?幽霊?
闇の中で爛々と輝く瞳で私を見ているのが解る。いったい・・なに?

2本の足で立ち上がり・・いささか不恰好な歩き方をした・・見上げるほどの背の高い・・黒い影・・。
なぜだかは知らないが其れが人間ではないことはすぐに分かった。

幽霊?
妖怪?

心臓まで一気に凍り付くような恐怖が近づいてくる・・。
それをなんと例えればよいのか?
それは正に闇だった。
全てを呑込むような闇が近づいてくる。

殺すなら殺しなさい・・どうせ死ぬためにここに来たのだから・・さぁ早く!

その「存在」は私に・・私の心に語り掛けてきたのだ。
その威厳に満ちた心の声に不思議と恐怖感は無かった。

おまえはなぜ死にたいのか_。

此処に来れば人知れずに死ねると思って。
だって此処はこの世とあの世の境い目でしょ・・・。
だって・・だって、この世にはもう私の居場所はもうどこにも無いのだから_。
この世界では私は惨めな生活を送ってきた・・。
只一人信じた男には裏切られて。
他人様の金に手を出して。
必死に育ててくれた母を裏切り、ついに罪人にもなってしまった。

この世には神も仏もいやしない、私はこの世にはもういられない・・

私はその時感じたのだ・・いま語り掛けているのは・・神なのではないか、と。
すると大きな闇が大きく頷いたように感じた。

おまえの願いはなにか_。

その心の言葉に私はふと目を挙げた。
するといつの間にか私は大いなる闇に仕える者たちに囲まれているようで
”無礼な!目を挙げるでない!”
”跪いたまま申し述べよ!””
と警告を受けた。
願い_?

あぁ・・この際だ。
今も小遣いを強請ってくるろくでなしの父親には・・これ以上ない情けない死に方で
死んでもらいたい。気が狂って全裸で北の海に飛び込んで流されていけばいい!
酷いいじめを受けていた私を黙殺した中学時代の担任の安住!