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大いなる神の愛に包まれて

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大いなる神の愛に包まれて



https://www.youtube.com/watch?v=CB_dFW3uMf8
First Movement - Clint Mansell


つまり私は職場を裏切らぎって。
億という金を横領したのだから、警察も動き出しているのだろう。
連れ添った男に捨てられて。
ふたりの将来のための事業だから、と云われて。
大当たりしなくてもいい、ふたりで食べてだけいけるだけの店であればいい。
そう思って。
息を殺し、心の鼓動すらたてまいと。
してはいけないことをしている張詰めた日々。
ふたりのうちのひとりが・・・私ではなかったことを知ったとき。
怒りの情念が蒸し返しては後悔の念のように深く・・消えることはない。

どうして・・。

人目を避けるように家を出て、職場を逃げ出し。バスを乗り継いで。
年の瀬にそんな女が辿りつく先といえば。
富士北麓、青木が原樹海。
息が白い。
バスを降りるとその寒さに思わずコートの襟を立てた。
夕刻を過ぎて、土産物店も戸締りを始めている。

国道を走る車の数は意外なほど多かった。
だが私の姿を見ているものなどいないにちがいない。
私はそれを望んでいた。
そう人知れず、この世からフェードアウトするために。
この場所に来たのだから。

富士吉田のバスステーションで買ったゴム底靴に履きかえる。
どうせなら。
悔しいじゃないか。
せめてもの生きていた痕跡というものを遺してやりたいじゃないか。
履いていたハイヒールを道端に雑作なく放り投げた。

着の身着のまま飛び出したから。
最後の一掴みの札束二つを握りしめて。
転々と彷徨いさすらった挙句。
私は決めたんだ。
この世とおさらばすることに。

子どものころから愛情の薄い家庭に育ったから。
父親は呑んだくれで博打うちでろくでなしだった。
母親はいつも殴られていた。
ある日酔った父親は私に手を出そうとし、母親は私を連れて逃げた。
母親は必死になって働き、そんな母親を見て育ったから。
学校を出て直ぐに会社で働いた。必死になって働いた。
不景気が続くたびに解雇されそうな危険はあったが
必至になって働き続けた。
だって、そこにしか居場所を見つけられなかったのだから。
そんなつまらない女。

職場で、上司にバカだ、と罵られても。
同僚たちにのろまだ、化粧っ気の無い女と陰口を叩かれても。
与えられた仕事を確実にこなす・・その連続。
来る日も、来る日も。
それ以上のことは私には出来なかった。
でも、地味でも間違いのない女_。そういわれた。
目立たなくても。確実に仕事をこなす。
必至で簿記の資格を取って、事務の仕事についた。
目立ってはいけない。目立てば潰しにかかる奴が出てくるから。
それが私の処世術だった。

目立つこともせずメイクだって簡単なものだ。
営業部の女性社員の派手なメイクを見てびっくりした。
まるで芸能人じゃないの・・一流大学出のあちらさんも随分びっくりしていた。
”そんなメイクじゃ・・ダメダメよ。”
”わたしが教えてあげるわ。”
彼女の手解きを受けると確かに自分が別人のように見えた。
”こうじゃなきゃ!これであんたのこと男共がほっとかないよ!”
それは図星だった。
私に声をかけてきたのは営業部の男性社員だった。
合コンに誘われ、その友人という男を紹介された。
それが慎二だった。彼は理想家肌の研究職だったが。
私は育ちが育ちで、最低の家庭環境に育ったから。
その影響は大きい。ろくでなしの父の面影というものが。
私にとって男性と話すこと自体が・・・恐怖だったのだ。

だが慎二とは違った。
私にはわからないがとても重要な研究に没頭していて。
難しい理論とか現象について語られてもついていけなかったが
熱く研究について語る慎二の話を聞くのはとてもうれしかった。

世の中は不況が続いていた。子どもが少なくなり老人が増えた。
派手なメイクの営業さんは結婚しても仕事を続けたが以前のような活躍の場は無くなり退社した。
不況が続くと研究に費やされる予算は削られ、慎二のプロジェクトも予算を大きく削られてしまった。

”でもね研究をなんとか続けるから、僕たちふたりのためにも”

不況が10年以上続くとそんなことも云っていられなくなった。
母親の三回忌を機に私と慎二は結婚した。
私は慎二の理想を熱く語る姿が好きだった。
私は実験に没頭する慎二の姿が好きだった。
だが、会社はなかなか成果の見出せない慎二のプロジェクトに中止を告げた。
他のプロジェクトへの移動を通告されたが慎二はそれを良しとしなかった。
”意地でも研究を続けて見せる、成功は目前なんだ”
けれども会社は待ってくれなかった。
自暴自棄になった慎二は酒に溺れた。
その姿を見て私は哀しくなった。
まるでろくでなしの父親と同じじゃないの!
私の叱咤に慎二は深く頷いてくれた。
慎二は会社を辞めて独自に研究所を構えた。
とはいえ町はずれの掘っ建て小屋。
でもそこは、ふたりの将来のための事業 が此処から始まった場所。
慎二は研究に没頭した。
毎晩毎晩。
今日はこういう研究をしたんだ、こういう実験をしたんだ。
どこそこ大学の教授に追試験をお願いしたんだ。
そんな慎二の話を聴くのが楽しみだった。
だが実験には資金が必要だ。
慎二も慣れない電気工事の図面作成のような仕事もしていたが
高々サラリーマンの給料水準にするだけでも大変だった。

”この実験がうまく行けば僕の理論は完成するんだ、もちろん実用化する”

そんな言葉に。
ふたりの将来のために。
私は会社のカネに手を出した。

国道から道を一本入ると車の音が聞こえなくなる。
夕刻迫る冬の樹海は既に暗く静まり返っていた。
LEDライトで足元を照らしながら一歩一歩、歩を進めてゆく。
真っ白な白樺の木が白骨死体を想起させて、不気味だった。
だが例えなにが出ようと死を覚悟した私には・・なにも怖くはない。
見えるのはライトで照らされた足元の地面だけ。
聞こえるのは自らの吐く息の音だけ。

私は経理の出納を担当していた。
目立たない私はそれなりに年齢を重ねいた。
だから・・?
誰も私のしていることをチェックすらしていなかった。
月々100万円ほどから。会社からすれば大した金額ではない。
消費税の予定納税額と還付金の帳尻合わせなど私以外の誰も見てはいない。
架空の法人口座を作り其処に現金を預け入れた。
送金など足の着くことなどできるわけがない。
それで最初の1年ほどで1500万にはなった。
だが慎二の研究資金が更に不足していたことから
また丁度いいことに消費増税があって。
3%分増額になったこともあり金額を大きくすることができた。
そんなことで数年で1億を超えるカネがプールできた。

いつも資金不足を嘆く慎二に。
ふたりの将来のために。

どうして・・・。
私は慎二の研究所を訪れた。
研究資金はできたわよ、そう告げるつもりだった。
どうやって・・と訊かれたなら、
実験成功までの借金よ。二倍三倍にして返せば文句は言われないわ。

しかし慎二はそこで私以外の別の女を抱いていた。
怒りに任せて問い詰めた私に慎二は冷静に言った。