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ひこうき雲

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 そうだ、親父に報告しとかなきゃな。跡継ぎとして当てにしてきた長男が実家に戻るどころか東京に転勤なんて知ったら卒倒モノだ。
 
 醒めた自分に言い訳するように頭の中の話題を変える。
 
 早期発見のおかげでガンが完治してからというもの大きな病気もしなかった親父は70代半ばで健在だった。息子は大学4年で娘は高校3年、もう2、3年して子供達の進路が落ち着いた頃には俺も50を過る。さすがに深夜残業してまでのハードな業務からは卒業させてもらってる筈だ。そしたら鉄道もない片田舎の実家に帰って不便な通勤をのんびり楽しむさ。そして実家の隣の土地に夫婦水入らずの小さな家を建てて親の面倒を見ながら老後へと向かう。

「実家の隣の土地を売りたいという人がいる。」そう親父が電話してきたのは10年も前のことだった。確かに隣に家を建てれば同居の諸問題は回避できるし、何より妻の心労が少なくなる。「跡継ぎなら実家の隣は無理してでも買った方がいい」仲介人の言葉に親父も深く頷いていた。親としても同居で気を遣うのは同じということを察した俺は、躊躇なく購入を決断した。歳を重ねる毎に老後の田舎暮らしに不安を漏らすことが多くなってきた妻も「長男の嫁に来た覚悟は変わらないから。。。」と購入に同意してくれた。。。

 そんなこんなで準備万端だった折り返し地点を過ぎた後の人生設計は、今回の辞令であっさりと崩されてしまった。

 小さな家に不釣り合いなほど広いあの土地。草刈りするだけで長年放置してきたあの土地は、またしばらく眠り続けることになる。
 俺の人生なんてそんなものなのかもしれない。
 
「まだまだ苦労を掛けるな。。。」
 妻の寝顔に呟いた俺は、今度こそ「優しい瞳」を向けたに違いない。
 昔と変わらない「優しい瞳」
 妻が好きだったこの瞳は今も変わらない事を妻は知っているのだろうか。。。

作品名:ひこうき雲 作家名:篠塚飛樹