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ひこうき雲

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 試作レビュー会議は、文字通り試作に臨むにあたっての事前会議だ。だから第1に俺たち開発設計が引いた設計図が、そもそも試作に値する設計かどうか、という観点で見られる。まさに鳥井のデビュー戦だ。図面上でダメ出しされたらその時点で設計し直しだ。品証、製造、それぞれの立場と経験から吟味される。それが通って詳細なスケジュールの打合せに入る。やっと俺が作った詳細な工程表の出番になる。もちろん今回は鳥井にも手伝わせた。ただ手伝わせるだけでは今回はダメだ。考え方からコツまで伝授した。
 俺が居なくなってもやっていけるように。。。

 ノイズが信号回路に載る恐れがある。という品証課長の指摘で配線経路の変更があった他は、設計変更はなく、即試作に移ることになった。俺が鳥井の図面を審査した際に、わざと指摘しなかった部分だから俺にとっては想定内だ。配線経路なら図面を変更するのもラクだからあえてスルーにした。それくらいはビビってもらわなければ。。。指摘に対して理路整然とした回答が出来なければ、それは自分が間違っているということだ。それが身を持って分かればそれでいい。。。
 次からは、鳥井、お前が1人でやることになる。。。
 会議が無事に終わり、達成感と安堵を素直に顔に出す鳥井にねぎらいの言葉を掛ける俺の表情はアイツの目にどんな風に映っただろうか。アイツには2歳になる娘がいる。そろそろ2人目が欲しいと喜んで話す屈託のない笑顔が脳裏に広がる。
 俺が転職してしまったら、、、俺がいなくなったら、、、アイツの家庭はどうなるんだろう。今でさえ深夜残業の連続、俺なりに気遣ってきたつもりだが、次の上司にその度量があるのだろうか、、、いや、会社はそう簡単に人を増やさないだろう。。。しかも設計者など一朝一夕では育たない。何年もかかる。この鳥井でさえ5年掛った。。。

 俺は。。。部下を犠牲にすることになるのか。。。その家庭も。。。

「あの。。。ノイズって何ですか?雑音は聞こえませんでしたけど。。。しかもノイズが乗るって。。。音が乗るって。。。」
 ぼんやりと歩く俺を公子の自信なげな声が引き留める。雑音?あー、そうだな、吹き出しそうになるのを押さえ、俺はわざと難しい表情を作る。
 気づけば、設計棟のエントランスまで来ていた。緑の多い工場の敷地、昭和中期からの古い建物の間に場違いに立つ新しい設計棟のガラス張りのエントランスが、妙に白々しい。
 新しい設計棟。。。見た目に明るい雰囲気の建物のイメージは良いが、そこが深夜になっても不夜城のように明かりの絶えることがなく、そこで苦闘する設計者の辛さは、本人とその家族しか知らない。。。一流メーカーの表と裏を知るガラスの城。。。

「ははは、ノイズは音のノイズとは違うんだ。難しい話だからまた今度。」
 今は、話したくない。ノイズの話は確かに素人には難しい。立ち話でわかる程度のモノじゃあない。でも、今はとにかく何も話したくない。
「はい。じゃ、また今度。。。」
 はつらつとしているのが取り柄の公子の声が曇りがちに聞こえた。
 言い方が悪かったか?
 自問するが突き放したような言い方をしていないかの自信はない。そもそも覚えていない。

「あの、、、今度、、、飲みに行きませんか?」
 戸惑いがちに呟く声、言ってることが俺には理解できなかった。
「へっ?」
 我ながら情けない声だ。
「ですから、、、飲みに。。。」
「なんでお前と飲みに行くんだ?」
 突然のことに、どんな声音で話していいか考えが及ばない。
「だって、組長が、、、組長が言ってたじゃないですか。奥さんに。。。その、、、相手にされてないって。。。」
 23歳の新人社員、女子大生に毛の生えた程度の小娘に何が分かる。人生の酸いも甘いもこれからだろうが。。。歯切れの悪い遠慮がちな公子の言葉と真っ直ぐに俺を見上げる大きな黒い瞳は、怒りというよりも、諭すような気持ちにさせてくれる。
「ばぁか、お前みたいな小娘に癒されるほど落ちぶれちゃいないんだよ。こんなオッサンのことは気にせずに、設計の若い連中と飲みに行けよ。そのほうが何ぼかお前のためになる。」
 しょうがない奴だ
 俺は、溜息交じりに精一杯笑って見せた。
「はい。すみませんでした。」
 伏せた顔のまま元気な声で一礼した公子は、俺と目を合わせずに背中を向けると、自動ドアが開く間ももどかしそうに、開き始めたガラスの扉の隙間を抜けると、一気に駆け出した。
 人気男性アイドルグループ吹雪(ふぶき)にハマり始めた妻は、俺に見向きもしなくなったのは確かなことだ。俺のためにお洒落をすることもなくなったし、夜はなにも反応がなくなった。。。
 
 もったいないことをしたのかもしれない。。。昔のことだ。。。

 あれから15年。。。
 営業部への内示を貰ったせいで、脱力感のなせるままにデスクに戻った俺が惰性で向かったパソコン。そこには新着メールのポップアップが出ていた。
<大田公子 「祝 御異動」>
 アイツめ。。。
 呟く間もなく一気に脳内を駆け巡るあの頃の感覚は、先を急ぐようにダブルクリックをしてメールを開いた。

日滝製作所 みなと事業所 開発部 装置開発グループ
柿崎 主任殿

御無沙汰しております。

営業部に御栄転というお話をお聞きしました。
一緒にお仕事できることをとても嬉しく思っております。

ノイズのお話、今度こそ教えてくださいね。

署名には
みなとエンジニアリング 営業部 パワー装置営業課 主任 大田 公子
とある。

まだいたのか。。。それにしても出世したな。
あれから15年。。。
俺は49歳に、アイツは38歳になっていた。

公子の名字が変わっていないことに、俺は一抹の何かを感じた。

作品名:ひこうき雲 作家名:篠塚飛樹