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尖閣~防人の末裔たち

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 飛行甲板の端で待機していた隊員が素早く太いバンドで「うみばと」のスキー板を太いパイプで作ったようなスキッドと呼ばれる脚を飛行甲板に固定する。海上自衛隊の艦載機は全て車輪式であるのに対して、「うみばと」はスキッドなので、勝手が違う。難航するかに思えた固定作業は、すぐに終わり、コックピットに親指を立てて、固定完了の合図を送った。その合図に同じく親指を立ててパイロットが了解を示すと、タービンエンジンの音が尻すぼみにする様に急激に低下した。それが合図のように倉田の傍らから、いつの間に来ていたのか島田を先頭にした医療班が担架を抱えて走り出し、「うみばと」の後部スライドドアからは海上保安庁職員が降り立ち昇護の座るコックピットのドアを素早く開けた。彼らは、血まみれになり、骨が抜かれたように姿勢が落ち着かない昇護をしっかりと支えると、担架に寝かせた。彼らが担架を運び始める頃、倉田はやっと昇護へ向かって歩き出すことができた。
 昇護は顔面蒼白で、唇も白っぽくなっていた。我が子の変わりようと、悔しさに倉田は唇を噛んだ。それでも、まずは昇護が世話になった。「うみばと」クルーへの挨拶を優先することだけは忘れていなかった。
「御苦労様です。お世話を掛けました。「いそゆき」艦長の倉田です。」
倉田が担架に付き添う「うみばと」のクルー達に声を掛けると。
「あなたが昇護君の。。。お世話になります。」
と浜田というネームを胸に付けた男が頭を下げると、周りのクルーも立ち止まって頭を下げた。その間にも一分一秒を争う担架は、島田達に運ばれて行った。
倉田は、一度担架を目で追うと浜田達クルーに視線を戻して、
「息子がお世話になってます。後は我々が引き受けました。皆さんはゆっくり休んでください。ありがとうございました。」
倉田は深々と頭を下げると、走らずとも足早に担架を追った。

「おいっ、昇護っ、しっかりしろ。」
担架に追いついた倉田が担架に付き添いながら昇護の耳元に声を掛け続けて数度目で、昇護が細く目を開いた。焦点が定まっていないような眼差しが倉田を見る。倉田は安堵の表情を浮かべる。
「こないだ。。。言ってしま。。。ごめんなさい。」
途切れ途切れに、かすれた声を絞るように昇護が詫びの言葉を並べた。佐世保で飲みに行った時に自衛隊を「税金泥棒」呼ばわりしたことを昇護が詫びていることに倉田はすぐに気付いた。目から溢れそうになる涙を必死に押さえ、優しい表情で倉田は昇護の頭を撫でるように手を当てると、
「そんなこと気にしてたのか。いいんだよ。そんなことは。。。後は安心して俺達に任せてくれ。必ずお前を助けてやる。絶対に諦めるなよ。」
昇護は安心したように微笑みを浮かべると、再び目を閉じてしまった。倉田には、その微笑みが暴言を詫びたことに対する安堵なのか、助けられたことに対する安堵なのか、理解することが出来なかった。いずれにしても、その安堵が命を永らえようとする本能に安堵を与えないように祈るしかなかった。この場合の生存本能の安堵は、生への執着を薄める。即ち死を意味するからだった。
 倉田は、部下に涙を見せぬように、帽子のツバを掴んだ中途半端な脱帽で、島田達医療班との目線を遮りながら
「よろしくお願いします。」
と深く礼をすると、CICへ向かい歩き出した。


魚釣島沖の領海に入り、並走していた中国海警船が領海侵犯をしてから数分後、上空に張り付いて警告していた海上保安庁のヘリコプターが水平にスピンをしながら異常な飛行をして去って行った。その直後、島が近すぎるためか、この騒ぎの真相を知ってか、河田の漁船団通称「河田艦隊」の5隻はジグザグ航行をやめ、魚釣島の領海内を周回していた。中国海警船4隻もこれに合わせて並走している。これら大小9隻の船は、漁船の間に中国海警船が入り横一列に航行していた。
 古川は、この目で見、この耳で捉えた。
 コックピットの窓についた赤黒い色は、確実に血であり、銃声も聞こえた。フリージャーナリストとなってから世界中の戦場で取材をしてきた俺が、銃声を聞き間違うはずはない。しかもあれは東側を代表するAKシリーズの銃声だ。戦場では銃声で敵味方が分かるようでないと生き残れない。しかも中国海警の甲板にはAKを持った船員が何人も出ていた。役者も状況も揃っている。海保のヘリの執拗な警告飛行に業を煮やした中国海警船の誰かが発砲したに違いない。発砲が発覚したためか、「河田艦隊」の乗員が煽るのをやめた為か、既に中国海警船の甲板に銃を持った人間はいなかった。今は、「河田艦隊」の乗員が日本語と中国語、英語で「領海に入るな!」と書かれた横断幕を掲げ、そこに書かれた言葉をメガホンで中国海警船に浴びせているだけだった。
 古川は、リュックからレンタルしてきた衛星携帯電話を取り出して電源を入れた。このスクープを世界に伝えられるのは俺しかいない。高揚感に電源ボタンを長押ししている指に力が入り爪が白くなる。登録しておいて権田の携帯番号を呼び出す指の動きに落ち着きがない。言うことを頭の中で整理すると、釈然としない問題に突き当たった。「本当に撃たれたのか?」ということだった。何度も血塗られた窓の写真をカメラの画面で確認していたが、釈然としない。現にその場で一緒に見ていた河田もヘリの異常には気付いていたが「撃たれた」とは言っていなかった。
「河田さん、さっきの海保のヘリ、変な飛び方をして帰って行きましたよね?撃たれたんですよね?」
古川は、海保のヘリコプターが去ってジグザグ航行を止めてからタブレットに目を落としたまま黙り込んでいた河田に声を掛けた。何故か自分の声が自信を伴っていないように耳の中に響く。
タブレットから顔を上げた河田は、
「やはり、古川さんもそう思いましたか?前後の状況からみて十中八九間違いないでしょう。写真は撮ったんですよね。」
河田は、その言葉を待っていたかのような爛々とした口調で答えた。自信満々の笑みさえ浮かべて。。。
はい。と答え、さっきまで何度も確認した写真をカメラの液晶画面に呼び出してコックピットの部分を拡大して見せた。
「これは間違いないですね。可哀想なことをした。。。パイロットは助かるまい。。。」
河田は、海保パイロットの犠牲を憐れむように静かに答えた。中国海警への熱い非難が始まることを期待していた古川は、拍子抜けしてしまった。だが、直後に河田の喪に服す遺族のような表情を目にした古川は、「日本人が目の前で死にそうになっている。或いは死んだかもしれない」ことへの自分の配慮のなさを戒めた。どんな不幸にも噛り付いて暴く、これじゃ3流記者と同じだ。。。そもそも1人の人間として間違っていた。。。
「下へ行って事実関係を確認してきます。10分、20分掛りますし、これ以上の事は発生しないでしょうから、お昼を食べていてください。」
沈む古川の心を気にも留めず河田は言うと、先程とは打って変わった作り笑顔を見せて古川の前を通る。
「あ、忘れてた。ありがとうございます。いただきます。」
慌てて言う古川に、河田は笑顔で振り返って頷くと、軽やかにハシゴを降りて行った。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹