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尖閣~防人の末裔たち

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ずんぐりとした体の丸い背筋を伸ばした50絡みの男が敬礼をした。走ってきたのか大汗をかいている。現場叩き上げのベテラン海曹に見えるが、これでも階級は3等海佐で、しかも護衛艦「いそゆき」の医官だった。「医官」は、世間一般で言うところの「医者」であり軍隊で言えば「軍医」である。護衛艦には、様々な医療機器から簡易的な手術台まで一応一通りの医療設備が整っているが、専属の医官は乗船しておらず、普段は医師免許を持たない衛生員が乗船している。医官は、比較的長い航海や、有事が予想される場合に限って護衛艦に乗り組むことになっており、尖閣諸島国有化後、一層緊張が増したこの海域の艦船には医官が乗船することとなった。
「あ、御苦労様です。よろしくお願いします。」
倉田が敬礼を返すと、島田は、失礼します。と一礼して制帽を脱ぎ、ハンカチで禿げ上がった頭の汗をゴシゴシと、まるで音が聞こえてくるくらいの勢いで拭くと、ふ~っと深く息を吐いて呼吸を整えてから、
「患者の状況を直接あちらに確認させて頂いた方が早く対応できます。よろしいですか?」
と、意見具申した。
「なるほど。了解した。よろしく頼む。」
倉田は、マイクを渡した。
島田はマイクを恭しく両手で受け取ると
「では早速」と呟くと
「「うみばと」こちらは、護衛艦「いそゆき」医官の島田です。迅速に適切な処置を行うために到着までの間に容態を確認させてください。御協力願います。」
その体躯(たいく)に似合わず丁寧な口調でマイクに語りかける
「島田さん。こちら「うみばと」機長の浜田です。ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「うみばと」のコックピットで機長の浜田は後ろのキャビンを振り返って機上整備員の土屋と機上通信員の磯原に向かって、耳のレシーバーを指差しながら
「「いそゆき」の医官が、今のうちに昇護の容態を確認してくれるそうだ。お前らも無線でやりとりできるようにしておいてくれ。」
自然と声が弾んでいる自分に浜田は気付く
-事の大小に関わらず医者と聞いただけで、何故か元気が出るもんなんだな-
浜田は中学生の時、美術の授業で彫刻刀で指を切ってしまった時の事を思い出していた。慌てて傷口を口に含んだが傷が深く、血は止まるどころか口の中に溢れ、貧血を起こしたときのように目眩と吐き気に襲われたのだった。保健室で応急手当を受けても気分は優れず、きっと出血多量というのはこういうものなのか。。。と思うと一層気分が悪なった。駆けつけた母親に掛かり付けの町医者に連れていかれたのだが、老練の医者に
「僕は出血多量なんですか?縫うんですか?」
と浜田が恐る恐る聞くと。
「そんなすぐに血なんか無くなるもんか。こんなの縫う必要もない。包帯巻いてりゃすぐなおる。しっかりしろ。」
と言いながら包帯を巻く医者の「ただの風邪だ、寝てりゃ治る。」と同じいつもの口調に浜田の気分が一気に良くなったことを、浜田はふと思い出して苦笑しそうになるのを、唾と一緒に飲み込み、傍らの昇護に目を遣る。
ーコイツはそんな状態じゃないんだ。。。ー
浜田は、自分の中から淡い思い出を叩き出した。
「こちら海自、島田です。では、始めましょう。まずは傷の状態です。え~と、仮処置はしているとの事なので、仮処置をした時の記憶でいいのですが、傷口の場所と大きさはどうでしたか?」
丁寧でゆっくりとっした口調が海の男には珍しく聞き心地がよかった。
「はい。機上整備員の土屋と申します。まず左太股の下から上に傷が突き抜けています。下側は見えませんでしたが、上側は、500円玉程度の大きさでした。もう1つは右下腹です。傷は50円玉ぐらいの大きさでした。」
土屋が、島田の話し方に合わせるようにいつもよりもゆっくりとした口調で答える。
「う~ん。太股は貫通銃創と、、、腹の中に弾が残っているかどうかが問題ですね、、、あ、患者さんの背中と背もたれの間に布かなにかを挟み込めますか?挟み込んだ布に血が付いていれば貫通したと言えます。」
島田の言葉に、土屋はハッとした。腹に弾が残っているかどうかまでは気が回らなかった。
土屋は、白い三角巾を2つ取り出して端を結んで長くすると、副操縦士席のヘッドレストと昇護の首の後ろの間に出来ている隙間に三角巾を左右に渡して、両端をそれぞれ右手左手で持った。その布を右へ左へ少しずつ動かしながら下へ移動させていく。
腰の辺りまで移動させると三角巾の右端を離して左手で三角斤を引き抜いた。昇護の汗でぐっしょりと濡れてしまったが、真っ白だった三角巾は、背中の傷の疑いの潔白を示すかのようにその白さを保っていた。
-弾が腹に残っている。。。-
「こちら土屋です。背中に出血は認められません。」
土屋は、唖然としながらも自分の言葉が早口になっているのに気付いた。落ち着かねば、と自分に語りかける。
「了解。腹に弾が残ったままか。。。血液の色はどんな赤でしたか?」
土屋には島田の声が心なしか沈んだように感じた。
「血液は、え~、どちらかというと赤黒い色でした。赤ワインに黒を混ぜたような色です。」
土屋は咄嗟に酒に例えてしまう不謹慎な自分に半ば呆れてしまった。
「飲兵衛土屋。上手い言い方するな~。」
機上通信員の磯原が茶化すように言った。茶化すというより、元気付けるための言葉だと分かる土屋はありがたく汚名を受けた。磯原に笑みで返事をする。
そうするうちに、島田の少しほっとしたような声が聞こえ始めた。
「了解しました。ならば、静脈性出血ですね。動脈性出血よりはマシです。血の出方はどうでしたか?」
土屋は、浜田の太股に巻いた包帯に目を向ける。既に隅々までどす黒い赤が染み渡っていた。
「噴き出すような勢いはないんですが、とにかく後から後から出てきました。弱い湧き水のように出てました。」
「了解しました。では、今の呼吸の状態と脈の強さはどうでしょうか?」
土屋は、昇護の口元に耳を近付けようとしたが、そこまでしなくとも十分に呼吸の音が聞こえてきた。運動をした後のように早い。そして左手首を掴むと脈を測ろうとした。なかなか脈が分からず、やっと見つけた。やはり、呼吸同様脈が速く、弱い。弱いからすぐに脈を見つける事が出来なかったのだ。しかも昇護の手首は驚くほど冷たいことに気付き、慌てて昇護の唇を見た。唇は無機質な白っぽさを見せていた。
「島田さん。土屋です。呼吸は早く、脈も速いですが、弱いです。あと手首が冷たくなっており、唇が白っぽくなっています。」
「ん~。やはり出血多量の症状が出てますね。。。だが、腹に残った弾が問題だ。こちらで摘出することはできない。。。ちなみに、このまま石垣まで飛べますか?時間はどれぐらい掛りますか?」
島田の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
交信を聞いていた機上通信員の磯原が素早くGPSを操作する。距離は81海里(約150km)だった。
「機長、石垣までの距離81海里(約150km)です。燃料は持ちますか?あと、時間はどれぐらいかかるでしょう?」
磯原が浜田に尋ねた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹