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尖閣~防人の末裔たち

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度重なる河田の海保批判は、現場で矢面に立たされている海保職員には野次以外の何者でもなかった。彼らは、その全ては、いや9割程度は海自すなわち当の河田が身を捧げた海上自衛隊にこそ向けられるべきものだと考えていた。だからこそ、彼らは考えれば考えるほど海自をもっと前面に押し出せない日本政府の弱腰外交に陰ながらではあるが失望していた。
だが、「うみばと」のクルーは、滅多にこの話題を口にしないで過ごしてきた。なぜなら昇護の父親が同じ海域で歯痒い想いをしているであろう海自護衛艦の艦長を務めているのを知っていたからだった。

古川は、河田のマグロ漁船船団の中心に陣取る「やまと」の前部甲板で照りつける朝日の眩しさに目を細めながら、周囲のマグロ漁船を眺めた。左右に「やまと」を挟むように進む「漁船にはそれぞれ船首側面にひらがなで船名が毛筆調で書き込まれている。「やまと」の左側はを進むのは「やはぎ」、右側を進むのは「ゆきかぜ」と読みとることが出来た。そして前方には「ふゆづき」と船尾に記入されたマグロ漁船が見える。そして「やまと」の真後ろにもまぐろ漁船が一隻見えた。船名は見えないが岸壁の最後尾に係留されていた「いそかぜ」であろう。上空から見れば、「やまと」を中心にした大きな十文字に見えるに違いない。
-まるで、終戦直前の大和沖縄特攻だな-
古川は、進行方向の水平線に目を据えながら心の中で呟いた。今日は8月15日、終戦記念日だ。河田は何を想いこの日を選んだのだろうか。同じ日本人としてふつふつと苛立ちが沸き出してくるのを感じた。
大和沖縄特攻は、太平洋戦争末期に連合軍の沖縄侵攻を阻止するために1945年4月から始まった特攻を主体とする菊水作戦作戦に呼応して行われた天一号作戦のことで、大和を旗艦とした第二艦隊を沖縄に出撃させることで、アメリカ軍の航空攻撃を第二艦隊に向けさせる。当然アメリカ軍の攻撃隊は護衛の戦闘機を伴う筈なので、九州各地から沖縄を目指す特攻機へのアメリカ軍戦闘機による迎撃は手薄になるということを期待した作戦であった。さらに、第二艦隊は沖縄に到達したならば大和は浮き砲台となり、第二艦隊の乗組員は陸上兵力となって戦うという、いわば艦隊を航空特攻の囮とした作戦。特攻のための特攻。となったのである。第二艦隊は燃料を片道とされていた。実際には各艦長の抗議により、そうはならず、ただでさえ不足していた燃料がかき集められた。そう、日本は艦隊を動かす油さえままならない状況だったのだ。
沖縄へ向かった艦艇は、戦艦大和、軽巡洋艦矢矧、駆逐艦は冬月、涼月、磯風、浜風、雪風、朝霜、霞、初霜からなる第二艦隊であった。現代を含めても空母を除けば世界一巨大な戦闘艦である戦艦大和を擁してはいるが、蓋を開ければ軽巡洋艦1隻の他は全て駆逐艦という主力艦隊とはとても言えないような陣容であったが、実質これが最後の艦隊行動となった。この帰還を期待されない特攻作戦が。。。
飛行機の護衛がなく、上空ががら空きの第二艦隊は、案の定アメリカ軍機の猛攻撃にさらされ、遂に沖縄に辿り着くことはなかった。帰還出来たのは駆逐艦冬月、涼月、雪風、初霜のわずか4隻だった。大和だけでも2740名もの戦死者を出した悲劇の海戦だった。
 この悲惨極まりない戦いの中で雪風1隻のみが無傷だったことはマニアや軍艦に興味を持った少年たち(あるいは少年だった大人たち)の間では有名な話だった。駆逐艦雪風は、真珠湾攻撃から大和特攻まで幾多の主要な作戦に参加して戦果を上げたものの無傷で終戦を迎えたことから「奇跡の駆逐艦」とも呼ばれている。雪風は戦後、戦時賠償艦として連合国に引き渡される対象となり、中華民国(台湾)海軍に引き渡され「丹陽(タンヤン)」という艦名となった。雪風は中華民国(台湾)海軍艦隊の旗艦となり中国相手に幾多の戦いに参加し、余生と言うには程遠い大活躍をした。その後雪風は老朽化のため1966年に訓練艦となったが、1969年夏に暴風雨で艦艇を破損し、1971年に解体処分となった。

「悲壮感たっぷりだな。」
古川の口から溜息と共に小さく出た言葉は、呆れているような、皮肉めいているような、いずれにしても肯定的な言葉には聞こえない口調だった。
「古川さん」
不意に声を掛けられた古川は、驚いて背中をビクンと震わせると声の方向を振り向いた。
-聞かれたか-
平静を装った目を向けて、
「何でしょう?」
と返事をした。年齢は40代前半だろう船乗りにしては色が白い。何という名前だったか?古川は思い出せなかった。確か、いつもノートパソコンをいじっている人だ。自衛隊を任期満了や、道半ばで退職したいかにも軍人然とした無骨な人間や、定年で退官したシニアが多い河田「艦隊」の要員の中で、異彩を放つ存在であることは確かだ。
「河田長・、もとい、河田さんがお呼びです。艦橋もとい船橋へお越しください。」
船橋を背後にしたその男は手にしていたタブレット端末を小脇に抱えると体をひねって背後の船橋の方を手で示した。
「分かりました。ありがとうございます。「艦橋」でも私には通じますよ。やはり、その呼び方のほうがしっくりきますか?」
古川は、笑顔を作ると男に言った。
男は、
「恥ずかしながら娑婆っ気が抜けなくてすみません。あ、私の場合は、その逆ですね。」
男も笑顔で答えた。
大丈夫、さっきの俺のひと言は聞かれていないようだ。古川は心の中に余裕ができると、ふと男が小脇に抱えているタブレット端末が気になりだした。取材道具にかこつけて様々なモバイル機器を使ってきた古川は、世間で言うところのデジタルガジェットマニアだった。今、古川が興味を引かれているのは、タブレット端末だった。ここ1ヶ月の間、暇さえあればネットで仕様を確認し、実際に電気店を巡って実物のタブレット端末を手に取って何を新しい相棒にするか検討してきた。この検討をしているときが古川にとっていちばんの醍醐味だった。一般人にとってはどれも「持ち運べる四角い画面」程度の認識で、どれも同じに見える特徴のないデザインも、古川の目で見ればそれぞれに特徴のあるデザインに見えた。この1ヶ月で古川は、ひと目でどこのメーカーの何という端末か区別がつくようになっていた。勿論、仕様もすっかり頭の中に入っている。
 古川は、その男が小脇に抱えているタブレット端末が、日本製のSuccess7だということを目ざとく確認すると、
「あ、それってSuccess7ですよね?みんな同じのを持ってるんですか?」
古川は、男に尋ねた。
「よく御存知ですね。そうですね。全員が持っている訳ではありませんが、タブレットは全てSuccess7で統一しています。丈夫だしバッテリーも長持ちしますからね。」
男は、まるで自分が褒められているかのように照れ笑いを浮かべながら答えた。
 多分、この男が河田艦隊のOA関係全般を取り仕切っているのだろう。Success7もきっとこの男が選んだんだろうな。と、古川は勝手に当たりをつけた。この男とはデジタルガジェットで話が合いそうだなと思ったが、話は後だ。河田が俺を呼んでいる。古川は、そう自分に言い聞かせると、
「では、艦橋へ行ってきます。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹