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夕闇の淵で

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母が家を出て行った。探さないでください、奈津子、とその置手紙には書いてあった。母、ではなく、奈津子と書かれたその手紙は、きっと息子である僕にあてて書いたものではないのだろう。だからこの置手紙は僕のものではない。そのままダイニングのテーブルの上に戻した。
午後七時。がたがたと冬の激しい風が窓ガラスを叩いている。母が雨戸を閉めていないからだ。フローリングの冷たさが容赦なく足の裏を刺す。母が暖房を入れていないからだ。玄関先にあるはずのスリッパが見当たらない。あそこにないとしたら、どこにしまってあるのだろう。

三ヶ月前に妹が家出をした。まだ16歳の女子高生。一人暮らしなどできるわけがなく、友達の家を転々としたとしても限界がある。初めはいつものことかと、両親と僕の間ですら話題にならなかった。
しかし、1ヶ月経っても妹は帰ってこなかった。
それでも両親は何も言わなかった。中学生のころから髪を金色にし、隠れてタバコを吸い、しょっちゅう夜中に家を抜け出す妹に、初めのころは両親も何かを言っていたのだろう。だが次第に、彼女はこの家の中で腫れ物になった。
時折妹の怒声が聞こえた。時折母が独りで泣いていた。父は変わらず夜遅くに仕事から帰ってくると、何も言わずに夕飯を食べて寝た。僕はそれを、自分の部屋から見ていた。それが、ここ2、3年の家族の風景だった。
妹が家出をしたとき、僕は彼女の携帯電話の番号もメールアドレスもしらなかった。妹がいなくなって1ヶ月経ったころはそれを多少悔やみもした、が、結局知っていたところで僕は彼女電話をしただろうか?

スリッパを探しにもう一度玄関周りを見渡す。いつもはスリッパ立てにあるはずなのに。暗いままだったので電気をつける。ふと顔を上げると、玄関の上にお札が貼ってあるのが見えた。なんだっけ、あれは。確か、半年ほど前に母親が買ってきたものだった気がする。何が書いてあるかはわからない。ただ、新築マンションの玄関に貼るものとしては似つかわしくない。確か買ってきた時に、母が何か言っていた。良く聞いていなかったが、なんだか馬鹿馬鹿しい理由を真顔で話していた気がする。確か、悪魔避けになるのだとか。

スリッパはベランダに干したままだった。ほかの洗濯物もそのままで、冬の風に冷やされていた。
作品名:夕闇の淵で 作家名:渡来舷