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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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それから(それからの続きの続きの続き)

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    それから(14) 新しい 出発



AB建設で働いた期間は、ごく短いものだったが、社長は、幾ばくかの金を包んでくれた。
その金で、俺は、借りている家の壁を新しくする事にした。

「暫くせんかった(しなかった)のに、また仕事もせずに、毎日、家の造作か・・。さんばん、あんた、クビに成ったんか?」
という大家の婆さんに、
「はい、まあ、そんなものです。」
と、手を休めず応える。
「ほんまに、もう・・近頃の若い者は、どうしてこんぎゃに堪え性が無いんかのう・・。」
「・・」
「まあ~、壁を貼り換えただけで、割と綺麗に見えるもんじゃのう・・」
「・・・」
「あんた、次の仕事を探さんでもええんか・・?」
「・・」
「仕事が無い言うて、また、ちーちゃんに面倒を掛けるんじゃなかろうの・・?」
「・・・・」
「こりゃ! 人が、話しとるのに、返事くらいせんか・・」
「・・はい・・・・」
「あっ、そうじゃ・・、肝心の用事を忘れとったわ。あんた、裏庭の端に在る木を、ちょっと植え替えてくれんか? 大きゅうなって、隣の家の邪魔をしよるけぇ・・」
「はい・・・」
「・・・『はい』言うただけで、なかなか動かんのう・・」
「えっ? 今すぐに遣るんですか?」
「そりゃ、そうじゃろ。あんた、木は、日々伸びるんで。あんたが、直しょうる家は、逃げんじゃろ。」
「まあ、それは、そうですが・・」
「じゃあ、早う植え替えしんさい。」
「はいはい・・」
「返事は、一回でええ。二回もすると、なんかたいぎそうに(なんだか厭々ながらに)聞こえるで。」
「はいはい・・」
「・・ほんまに、もう・・」

毎日、ほんの僅かだけど、交わす会話は、俺と大家の婆さんの間を縮めて行った。
そして、この頃になると、最早、両隣の力仕事は、俺の役目となっていたのだ。

植木の所為ではないけれど、壁の張り替えが終わる前に、俺の○○への出勤日を迎えた。

○○は、さすがに、それまで働いていたAB建設とは、規模が違っていた。
同時に数ヶ所の工事現場を持ち、それぞれのリーダーの元に割り振りされた従業員が着く。更に、この会社のリーダー一人が、下請け業者さんを監督しての現場もある。
俺は、最初、この会社の創業メンバーの一人である、Jさんの下に置かれた。
Jさんは、定年を過ぎた現在も、俺達の会社の御意見番的存在として働いている。この人の重機を操る腕前は、兎に角、凄い。特に、山肌に工事用道路を造る際、急斜面を削りながら、グングン機械を進める姿は、一見に値する。
また、仕事に対する情熱は、俺が、この会社に入った頃から衰えていない。
「わしゃぁ(私は)、この仕事が好きでのう・・、兎に角、現場に居りたいんじゃ。その気持ちが失うなったら、スパッと辞めるで。」
が、最近の口癖である。

さて、オヤジさんの下で働き始めた俺は、Jさんに連れられて、工事現場に通う毎日。
そこで、新入社員として、俺よりも若い従業員から、かなり厳しく鍛え上げられた。と書けば、まあ、綺麗だけど、それは、もう苛めだった。
Jさんから、材料を運べと、その若いのに指示が来る。若いのは、Jさんの言葉を、そのまま俺に伝えるだけで、自分は、何処かで仕事をしている格好をしている。そして、作業が終わる頃にフラッと現れて、『いや~、新人との仕事は、疲れますヮ~』などとぬかす。
まあ、俺としては、こんな苛め等、子どもの頃の境遇に比べれば、三度の飯が喰えるのだから・・と、考える事にして、バカの様にヘラヘラ笑ってりゃ好いのさ。そのうちに、お前なんか、あっという間に追い抜いてやるから・・と。
余談はさて置き、Jさんの下に2年。様々な現場に応じた工法・材料等の選択・突発した問題への対応などの経験を積まされた。
その後、Cさんの下に就かされた。専務が、
「今まで、よう頑張ったのう。さあ、これからが、本番じゃけぇの。Cさんの持っとるものを、あんたが、全部引き継ぐ気で・・」
と、励ましてくれた。

とは言っても、岩盤に対応する工事は、四六時中有る訳ではない。
だが、突然、岩が邪魔をして工事を停めたとか、地盤調査で岩盤に対処する必要に迫られたなど、緊急の受注などを含めれば、それなりに短期間の仕事は、そこそこ有り、それらもまた、好い経験を積ませて貰ったと思っている。
Cさんは、彼の持っている知識の全てを俺に残そうと、四六時中、俺を傍に置いた。
俺は、俺で、そんなCさんの気持ちが有り難くて、様々な質問を投げ掛ける。
大体にして、生来の勘など当てにはならない。努力もしないで得た能力は、何時、突然消え失せてしまうか分からないものだ。
それに引き換え、汗水流して身体で会得したものは、それを更に深める事に依って、山に生えている立ち木を見だけで、なんとなくではあるが、その下の地層とか地下水の道なども想像出来る様になる。当に、Cさんが、それだ。
『自然を甘く見ちゃぁいけん(見てはいけない)。一本でも多くの木を残して、その下の水道(みずみち)が変わらん様にと願い以って(願いながら)掘って行くんで。分かったか・・?』
と、仕事の後で、アルコールが回ったCさんは、何度もこの言葉を俺に言った。

俺が、Cさんの下で働き始めて約1年後、AB建設に居た賢治が、
「わし、どうしても兄貴と仕事がしとうて・・」
と、ABを既に辞めた後、訪ねて来た。
「このバカが! お前が、辞めたら、あの会社は、どうなるんだ? また、元の状態に戻るだろうが!」
と、俺は、奴を叱った。
確かに、AB建設は、その時、若い従業員とか、経験豊富な新しい従業員などを雇い入れ、○○の仕事を主体に順調であると聞いてはいた。
だが、現場をスムーズに行かせるには、経験や技術だけでは、どうにもならない事も有る。それは、いざという時、その言葉とか行動で、仲間達の不安や失くしそうな自信を、一瞬で取り戻せる絶対的な纏め役が要る という事だ。
ある時は、宥め、ある時は、叱り、また、引いてはいけない時に、意地でも引かないという、会社の長以外の、所謂、現場の顔が必要なのだ。
この男が出て来たなら、いう事を聞かなければ・・という様な、押しの強さと、事後を丸く収める能力の持ち主が、必要なのだ。
俺は、それを賢治に遣って欲しかったから、つい怒ってしまった、自分は、逃げておきながら・・

「わし、兄貴と仕事はしたかったですが、その事は、誰にも言わんかったです。じゃけど、社長と容子さんが、『さんばんくんが、居らん様になってから、あんた、よう頑張ってくれたけん、もう、うちの会社は、大丈夫じゃけん・・』と、言うてくれたんです。
ほんまにええんですか? いうて、何遍も聞いたんですが、『ええ。』言う事じゃったけん・・、辞めて、来ました・・」
「・・・このバカが・・」

俺は、オヤジさんと専務に頼み込んで、賢治を採用して貰った。そして、俺の最初と同じく、彼は、Jさんの下に就かされた。
このJさんの下に就いた賢治は、Jさんが持っている機械操作の技術などを、あっという間に盗んで、今では、難しい現場での機械操作は、Jさんか賢治と言われるまでになっている。

そして、さらに2年余りが過ぎた。