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イタリアワインとアンナ

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その時、父の記憶がよみがえった。ずっと封じ込めてきたのに。女の涙に騙され、父は何もかも捨てて女に許に走った。最後は、その女と心中した。愛に生き、愛に死んだのである。父の狂おしいまでの愛への情熱。その父の血が自分の中にも流れている。母はことあるごとに言った。「女には気をつけなさい。女は涙で男を惑わす」と。母は冷静で泣かない女だった。……アンナもその泣く女だ。涙で惑わす女かもしれない。なぜか、そんなふうに思ってしまった。
「私がどんなに愛しているのか知らないでしょう?」とアンナは涙を流しながら訴えた。
アンナはゆっくりと背を向け、「もう終わりね」と言って部屋を出た。
その夜、アンナは戻ってこなかった。電話をかけてもつながらなかった。その次の日も、さらに、その次の日も。そうやって一週間が過ぎた。
突然、母が病気で入院したという知らせが届いた。
急きょ、日本に戻った。母の病気がたいしたことがないことが分かり、再び、イタリアに戻ったが、部屋からアンナの物は消えてなくなっていた。まるで初めから居なかったかのように。……

 話し終わった。
 相変わらず、海は青い。
 ふと、アンナがどんな暮らしをしているのかと思った。良い人を見つけて幸せなら、それも良いだろうとも。
「今でも、彼女のことを思い出すのか?」と友人が聞く。
「どんなに甘く切なくとも、過ぎ去れば、単なる思い出さ。今となってはどうでもいいことだ」
 それは明らかに嘘だった。