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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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「でも、あの二人の場合は、異動するのしないのっていう前に、完全に泥沼化しちゃって」
 醜悪な結末を予想させる言葉が、美紗の思考を中断させた。
「同期の子は、私には『ただの遊びだ』なんて言ってたくせに、ホントはその相手と結婚したいと思ってたみたいで……。その後、彼女が何やらかしたか、だいたい分かるでしょ? 最後は、相手の家族を巻き込んで、裁判沙汰になっちゃった」
 リアルな不倫話を初めて聞いた美紗に、事の詳細を想像することはできなかった。しかし、それを尋ねる気持ちにもなれなかった。当事者の女性が己の存在を相手の家族に知らせるような挙に出なければ、二人はもう少し長く一緒にいられたかもしれないのに……。そんなことを、ぼんやりと思った。
「結局、二人とも中途半端な時期に異動になって……。男のほうはどうなったか知らないけど、同期は全く畑違いのところに飛ばされて、一年も経たずに退職したみたい」
 吉谷は、そこで大きくため息をつくと、真っすぐに美紗を見つめてきた。
「美紗ちゃんも、いずれは、……たぶん5部の配置になって、専門官を目指すことになると思うから、余計なお世話だと思って、これだけは聞いてくれる?」
「はい」
 美紗も、吸い寄せられるように、吉谷を見つめ返した。観察眼の鋭そうな大きな目が、心の奥底までを見透かしそうで、怖い。
「統合情報局にくる自衛官は、大抵はエリートだから、仕事はできるし、落ち着いてるし、気遣いのできる人格者に見える。言ってみれば『完成された男性』ってとこ? それに比べたら、若いのがバカっぽく感じるのは仕方ないと思うのね。でも四十代の家庭持ちは、若いのに比べて年の分だけ経験があって当然だし、結婚して子供持って人間的にも修行してる。だからご立派に見えるだけ。そんなのを好きになったって、意味ないじゃない」
「そう……ですよね」
 友であり良きライバルでもあった同期に届かなかった思いを一気に語った吉谷に、美紗は、かろうじて肯定の相槌を返した。「完成された男性」という表現は、確かに、日垣貴仁のすべてに体現されているように思えた。
 あの人は、何を話しても、温かく受け止めてくれる。心が通じ合っているかのように、望む言葉を返してくれる。しかし、それは経験豊かな「完成された」人間として当然の姿。そんな人を好きになるのは、無意味……。