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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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ここに来た(全集) 21カ所目追加

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19 アズリエリの和食店(イスラエル)



海外での楽しみの一つに食事がある。
その国の名物を食べたり、珍しい食材に挑戦したり。
でも、1か月以上滞在するとなると、さすがに日本食も恋しくなるのだ。

コンドミニアムのような部屋に滞在する場合は自炊できるので、自分で食材を仕入れて、おでんや肉じゃがくらいなら簡単に作れる。
でも、ホテル住まいだと、すべて外食に頼るしかない。
それが、イスラエルのような中東の国にも、日本食レストランは結構あるのだ。
特にテルアビブはリゾート地化されていて、街中にありとあらゆる食があふれていた。

まずホテルの近場の和食店に入ったが、海外特有の不安が脳裏をよぎる。
大概、海外の和食屋は赤と黒の壁紙が主流だ。竹細工の小道具や下手な習字の色紙が飾られている。
メニューは、日本食だろうと思わせる「ミソスープ」「ウドンヌードル」「スシ(ただしマグロとサーモンだけ)」以外は、その店オリジナルの料理が多く、写真をしっかり確認しないと、何が出てくるかわからない。
中国系のオーナーが多く、味は最低ランク。
日本でもよくある、料理学校出たのかさえ定かではない若者が、どこで修行することもなく、地元に親のお金でカフェを出して、創作料理を提供している店より、はるかに不味い。

繁華街には、寿司専門のファーストフード店もあった。でも、甘い緑茶や中華まんもあるような感じだ。
メインは寿司のセットをトレーに載せて出しているだけの店だが、ネタの種類がそこそこあって、安いので休日に、仕事仲間十数人でその店に行った。店先のオープンテラスの席が日本人で埋め尽くされたのが珍しかったのか、写真をいっぱい撮られた。
その写真は、その店の宣伝広告に使われている。
海外では期待せずに入って、何か面白いものを見付けないと、割に合わない和食屋が多い。

しかし、テルアビブの中心にあるアズリエリという地区のビジネス街に、すごい店を見付けてしまった。
「大波(おおなみ)」という日本食レストランだ。
はじめは5人で町ブラしていて見付けたが、窓ガラスが黒くて中が良く見えず、なんとなく入口で躊躇していると、ドアマンが声をかけてくれて招き入れられた。

玄関口のロビーの受付で、予約があるかと聞かれたが、そんなものはない。
「NO」と答えると、無線で何やら連絡を取る女性。
奥の方の隅の席しか空いていないがいいか?と聞かれたが、もちろんOKして店内へのドアを開けてもらった。

「イラッシャイッセええええぇぇぇぇ↑」
はじめは何を言われたのか分からなかった。
「いらっしゃいませ」を独特のイントネーションで語尾を高く釣り上げて、店内の奥まで響く大声でそう言ったウエイトレスは、なかなかの美人。
店の広さは、一般的なファミリーレストランぐらいのフロアで、中央に楕円形のカウンターがあり、その中でスタッフ7〜8人がカクテルを作ったり、寿司を握ったり、とてもおしゃれで賑やかな店だ。

BGM大き目で、暗ーいBARのような雰囲気は、和食店の中でも、かなり高級なのがわかる。
ろうそく一本の明かりだけの、本当に暗い端っこの席に案内されると、さっそくメニューを見た。
スゴイ料理の数だ。
刺身、寿司のネタは30種類くらい。海外では珍しいい生のイカや、カンパチ、スズキ、甘鯛、ウニまであった。
それを調理する板前姿の3人は、先ほどのカウンターにいるのだが、全員サモア系かインドネシア系といった感じ。微妙に東洋人なのか?
だが腕前はすごい、私たち5人は刺身に感激して頼み過ぎ、船盛で提供されたが、大根の桂剥きや、ニンジンやキュウリで作る飾り細工は、今そこで実際に作っている。
カウンターでアルコールを楽しむ客がそれを見て、拍手するほどのエンターテインメント性だ。
味はと言うと、日本人も十分満足なネタの質だし、その他の料理はトンカツ重や茶碗蒸し、てんぷらなども注文したが、どれも日本で食べているのと遜色なかった。
ビールのツボークの赤ラベルは、海外で飲んだ中では1、2を争うほどの生ビールだと思うが、日本食とよく合う旨さなのだ。
ツボークの緑ラベルの瓶ビールは結構どこにでもあるが、生ビールは赤と決まっているようだ。
しかし、なかなか生ビールを置いている店がない中、ここは高級レストラン、期待以上。

日本にはない創作的な和食もある。サーモンのタルタルステーキは、簡単に言うと生の細切れサーモンに、クラッシュしたピスタチオを混ぜて、円筒形に積み上げ、オリーブオイルをかけて、塩とカラフルなコショウを振っただけで、あたかも見栄え重視のように思えたが、一口食べてそれは感動に変わった。
おいしーいぃ。
どこか柑橘系の風味の奥から、昆布だしのような味がする。とても繊細なこともできるのだ。
スタッフも不安そうに、味に満足か聞いてくる。
私たち全員が親指を立てると、周りの客が喜ぶという雰囲気だった。

それからというもの、週に5日はそのレストランで食べた。
予約など取らずとも、中央の席に案内されるほどになった。
帰国前夜にも行って、親しくなった店員達と別れを惜しんだら、「大波」と書かれたスタッフのTシャツをお土産にくれた。