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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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ボクと誰か

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第1章「空を飛ぶことに憧れたとき」



「生きるってなんて素晴らしいことなんだ」

これって嘘だ。嘘っぱち。

生きて何が楽しいですか? 生きて何の得があるんですか?

みんな、あなたが死んだらみんなが悲しむって言うよね? 実際、誰が悲しむの? どうせ他人事だから、ショッキングな出来事というだけで、すぐに忘れるよ。悲しむことはない。ショックを受けるだけだ。

どうせすぐいつもの日常が始まるんだ。

そんなものだよ。どうせ。

ボクはいつもの海岸でコンクリートに寝そべってゆっくり目を閉じた。頬を撫でる風はいつものように生暖かく、波の音もいつものように激しく鳴いていた。

ボクを取り囲む風景は、単調にそして穏やかにたたずんでいる。でもボクはその優しさを受け入れることはできなかった。

昨日は生きた。今日はどうしよう。

ボクの足は、いつ起き上がって前に進もうかと待ち構えている。なのに、僕の背中は、起き上がらないぞと言わんばかりにぺったりとコンクリートにくっついている。

ボクは、ボクの中で2つ以上の感情が同居できることを知っていた。どちらの感情に偏らせようとすると、もう片方が力いっぱい踏ん張る。だから、ボクはどちらかの感情に偏らせることを諦めた。

それは自然に身を任せるなんて気の利いたことではない。力を入れることそのものにつかれただけだ。気力がない。単純にそれだけのこと。

生きて何になる。

そう思うのは、今、とめどもなく悲しみがボクの胸に流れているからだろう。悲しみの淵に落ちるのは、ボクも望んだことではなかった。できることなら、抜け出したいと思う。でも、何をやってもそれが解決しないことが無情にもある。

できることは全てやった。でも現実は何も変わらなかった。そればかりか悪化した。生きる希望というのは、頑張った先に光があることを指すのだと思う。でもそれが全くないことを知った絶望。分かる人は少ないんじゃないのかな?

あれはボクの全てだった。
あれはボクの生きる目的だった。
あれのおかげでボクは幸せだった。

あれがボクから剥がれ落ちたとき、ボクがボクじゃなくなったと実感したよ。

それでも生きていかなければならないって何だよ。
神様がいるとしたら、そこまでボクを苦しめてまで生かす理由って何だよ。
ボクがこんなことになるって分かっていながら、この運命を背負わせる理由って何だよ。

そう問いかけたとき、当然何も答えが返ってこなかった。
その時からボクの中の神は死んだ。

ボクの魂は大きく欠けた。あれを失っただけで、大げさなことを言うなと人は言うかもしれない。ボクもそう思いたい。

あれを失ったことはほんの些細なことなんだって。あれを失っても別のあれを見つければいい。そう思うことができたら何とも楽なことだろう。

でも、ダメだった。あれは、ボクの心に食い込んでいた。非情なほどに。生々しく。あれがボクから消えたとき、食い込んだところにポッカリと穴が開いたんだ。

その穴は、何をしても埋まらない。他のあれには絶対埋めることできない穴。あれ以外も全て試した。どれをとってもすり抜けてしまう。埋まらなかった。

その穴は大きな傷として残った。ボクを貫くのは激痛のみ。その傷はさらに広がっていった。耐えようのない激痛。

心のほとんどが欠け、薄らゆく意識なのかで、激痛しか感じることができなかった。

欠けた心を埋めるにはどうしようか考えた。しかし残念なことに、失ったあれがボクの心に帰ってくることしか元通りになることがないことを知った。

でもあれは、遠くに行ってしまった。
ボクを拒絶してしまった。
何をやっても帰ってこない。
それだけあれは頑なだった。
しかも、その頑なな気持ちにさせたのはボクだった。

その事実が、更に僕の傷を深くした。
絶望といっていい。
唯一の解決法が、気が遠くなるぐらい遠くにあるという事実がボクを地の奥まで叩き落す。

ボクが最近過呼吸になるのも、その事実が波のように押し寄せ、ボクの体をたたきつけるからだ。

もう……いい。
もう……うんざりだ。
もう……これ以上頑張ることができない。

行こう。

決意をするときは心が静かになるものだ。
頭を走り抜ける無数の重い重い思考の棘が轟音のように響いていたのに、それらが見事に溶け合い、沈黙に姿を変えた。

この静かな気持ちは、どんな残酷なことも眉一つ動かさずに行うことができる。それだけ迷いがなくなるのだ。

ボクは立ち上がって、ゆっくりゆっくりと歩を進めた。目の前は、激しく鳴いている波。

ボクを歓迎している。

何故か轟音を轟かせている波がボクを歓迎しているように見えた。

その刹那、目の前の波とオーバーラップするかのように、楽しかった思い出がスライドショーのように流れていった。音はない。動きもない。無機質に静止画によるスライドショー。そこに感傷深いものはない。後悔や悲しみなどの感情もない。ただただ無機質に昔あった出来事を映し出した。

「ボクはあなたのことが大好きでした。あなたの存在はボクにとって光でした。失うことがこれほどの痛みを伴うとは知らなかった。だからあんな軽率なことができたのでしょう。それがいやであなたは去った。ボクの存在は、あなたにとって害悪以外なにものでもない。だから私はここで消えたいと思います。ボクは決してあなたを恨んでいません。あなたは何も悪くない。悪いのはすべて私です。ボクが存在したことがすべての悪なのです」

なんかホッとしてきた。

やっと終わらせることができる。この激痛から解放される。あれに迷惑かけずにすむ。ボクがいなくなると世界がうまく回るだろう。消えることでみんなの役に立てる。

そう思うと、心が楽になった。うれしくなった。

でも、顔は笑顔なのに、涙が止まらなかった。悲しいことは何もない。やっと望んでいたことができるのだ。何も悲しくない。でも涙が止まらなかった。

訳が分からずに思わず空を仰いだとき。どこか聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「ダメだよ」

そこからボクと誰かのストーリーが始まる。

作品名:ボクと誰か 作家名:仁科 カンヂ