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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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『Y女史との接触には気をつけてください』


「うん、確かに……。この文面じゃ、いかにも彼女が敵性スパイみたいだな」
 日垣は苦笑いしながら右手を髪にやった。申し訳なさそうに目を伏せて、何度も髪をかき上げる仕草は、冷静沈着と評される職場での彼の印象とは、ずいぶん違っていた。

 混んだ店内のさざめきの中から、「お食事をお持ちいたしました」と言う落ち着いた声が聞こえてきた。マスターと、マスターの半分ほどの年齢のバーテンダーが、二人分の平膳をゆっくりとテーブルの上に置いた。黒い木目が美しい大きな膳の上に載る料理は、オーセンティックバーにはおよそ不釣り合いな、天ぷらの盛り合わせに小鉢がいくつかと白米味噌汁、という和食だった。
「四階に入っている和惣菜ダイニングのお店で、『本日のおすすめ』をお膳風に盛ってもらいました」
 天ぷらの奥に陣取る二つの鉢には、美しく盛られた数種類の刺身と、優しい彩りの煮物が、それぞれ上品に収まっていた。カクテルよりも日本酒のほうが合いそうだ。しかし日垣は、「アルコールは後でいただくよ」と言って、二人分の日本茶を頼んだ。
 マスターは、ロマンスグレーの髪色に似合う渋い微笑で「かしこまりました」と答え、もう一人の店員とともに席を離れた。
「こういうお店に、お茶も置いてあるんですか?」
 美紗が不思議そうに尋ねると、日垣は「どうだろうね」と言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 美紗の心配は全く無用だった。さほど間を置かずに戻ってきたマスターは、背の高いグラスを一つずつ、美紗と日垣の前に置いた。カクテルのような雰囲気の涼しげな翡翠色の液体は、オンザロック風の緑茶だった。

 さっそく刺身に手を付ける日垣の様子を、美紗は珍しいものでも見るように眺めていた。直轄チームの面々が美紗の歓迎会を開いてくれた時に、日垣も場に入って食事を共にしたはずなのだが、その時はシマの一同がいつにも増して騒がしく盛り上がっていたせいか、彼のことはほとんど記憶に残っていなかった。今まで気付かなかったが、和食が好きそうな彼は、箸を持つ時だけ、左利きだった。