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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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「鈴置さん。体調が良くなさそうだね。医務室で少し休んできなさい。比留川と松永には私から話しておくから」
 まだ何か言おうとする美紗を無視して、日垣は部長室のドアを大きく開けた。直轄チームの全員が、珍しく不機嫌そうな第1部長に一斉に視線を向けた。「直轄ジマ」の騒々しい会話が部長室に筒抜けなのは毎日のことだったが、部長室でのやり取りも、大きな声になれば部屋の外にかなり聞こえてしまっていた。
 日垣は、苦虫を噛み潰したような顔で「直轄ジマ」に歩み寄ると、手にしていた書類の中身を比留川のほうに示した。
「比留川2佐、この件でちょっと話がある。それから、鈴置事務官は具合が悪くて勤務できないそうだ。今、医務室に行かせたが、業務に支障ないか」
「問題ありません。今やらせている内容は他の人間でも対応できますので」
比留川は立ち上がって即答すると、「だろ?」と松永に同意を求めた。それに松永が応答するより早く、日垣は、部長室の前で立ち止まったままの美紗に、早く行けと手を振った。松永は、小さな人影がとぼとぼと部屋の出入り口に向かうのをしばらく見ていたが、やがて、佐伯とともに、第1部長と直轄班長の会話に耳を傾けた。
 若手三人は、機嫌の悪い第1部長のほうをちらりと窺い見た後、お互いを見回した。奇妙な沈黙を破ったのは、普段は口数の少ない富澤だった。
「そういえば昨日、階段で転んだって言ってたな」
「鈴置さんが?」
 富澤は、前日の夕方に席を空けていた宮崎と片桐に、その時の美紗の様子をかいつまんで話した。
「男のこと考えて、ぼーっとしてたのかなあ。それとも、階段で別れ話でも始まって、言い争ってもみ合いになって……」
 片桐は、女性職員の「恋の悩み」というネタが、頭から離れないようだった。富澤は、ひそひそ声で彼の見解を否定した。
「それはないな。階段で転んだって言ってたのは昨日の夕方。その前に彼氏に会うってのは、物理的に有り得ないだろ?」
「いや、相手が部内なら、十分有り得る」
 宮崎の銀縁眼鏡が自信ありげに光った。