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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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「私も東欧で防駐官(防衛駐在官)をやったが、国防武官や防駐官というのは、平たく言えば現地の諜報関係者の親玉みたいな立ち位置でね。逆に、こちらが現地当局から変なちょっかいを出されることも、時々あった。だから、おのずと身を守る術も覚えたよ。それでも、駐在期間中はいろいろあったが……。詳しく聞きたいか?」
「やめてください。聞きたくありません」
 美紗は声を詰まらせた。前の日からずっと抱えてきた恐怖が込み上げてきた。襟元を押さえ、震える唇から息を吐くと、こらえきれずに涙がこぼれた。
「悪かった。ちょっと冗談が過ぎたね」
 低く柔らかい、驚くほど優しい声音。美紗は深く下を向いたまま目をつぶった。この人は、声まで嘘がつける。昨日の彼と、今、目の前に座る彼。どちらが素でも怖い。自在に嘘を操ることができるのは、持って生まれた気質なのか。それとも、嘘と偽りが交錯する世界に、長い間身を置いたせいなのか。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだ」
 前日の尋問口調とは違う、静かな問いかけだった。美紗は、うつむいたまま、怯える兎のように耳をそばだてた。
「君の持ち物の中に、うちの第3部が作成した資料だけ、五部も入っていた。そのわけを教えてくれるか」
「会議室に、置き忘れてあったんです。後で担当の方に届けようと思って……」
「その時にUSBを?」
 手に持っていたものをすべて取り落とし、慌てて拾い集めたが、USBメモリだけなかなか見つからなかった、と美紗は消え入りそうな声で話した。
「それで、テーブルの下にもぐって探していた、ということだったのか。なぜ、置き忘れの資料のことを最初に言わなかったんだ」
 日垣は、少しクセのある前髪をかき上げながら、失笑を漏らした。半ば安堵し、半ば呆れたような、ため息にも似た、抑えた笑い。美紗は唇を噛んでそれを聞いていた。あの階段の踊り場で、説明する時間はほとんど与えられなかった。矢継ぎ早に厳しく問い詰められるばかりで、事実を順序立てて話すこともできなかった。そう反論したくても、今もやはり、うまく言葉が出てこない。
「そういう余裕もなかった、と言いたげだね。まあ、わざとそう仕向けたんだが……」
 優しい声が言い淀む。美紗は、まつ毛の先に小さな滴をつけたまま、ゆっくり顔を上げた。まだ青白い顔に、かすかに憤りの色が浮かんだ。