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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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「そこで何してる! 早く行きなさい!」
 普段はまず大声など出すことのない日垣の怒鳴り声に、広い第1部の部屋全体がしんと静まり返った。びくっと身を震わせた美紗は、やがて、身を翻してドアの裏側へと消えた。自動ロックのかかる音だけが、部屋の中に無機質に響いた。
「こっわあ……。何で?」
 ぽかんと口を開けて日垣のほうを見た片桐は、1等空佐の階級を付けた彼に鋭く睨みつけられ、慌てて目を伏せた。一方、松永は憮然とした顔で振り返ると、険しい顔をした上官の前に歩み寄った。日垣より十センチほど背の低い松永は、しかし、がっちりした体格にイガグリ頭という風貌のせいか、妙に荒々しい雰囲気に満ちていた。
「日垣1佐、鈴置が何かやらかしましたか」
「松永。今、急ぎの話してんだ」
 危うい気配を察した比留川が止めに入っても、松永はそれを無視して続けた。
「問題があれば、まず自分に話を入れてください。鈴置の指導役は自分ですから」
 丁寧な言葉遣いの中に、遠慮のない怒気が含まれる。日垣は「分かった」と吐き捨てるように言うと、松永の前に立ちはだかる比留川に何か一言二言指示した後、足早に部長室に消えた。
 普段うるさい「直轄ジマ」は、その後は夕方まで静かだった。

 美紗は、医務室が入る棟の入口付近にある懇談スペースに、一人ぽつんと座っていた。医務室の前まで行ったものの、受付に何と事情を説明すればいいか適当な言い訳も思いつかず、結局、中に入ることもできなかった。
 胸が締め付けられるような息苦しさに苛まれた。第1部長に疑われたまま、それを隠して仕事を続けることなど、とても耐えられそうにない。かと言って、自分の不注意が露見すればどんな騒動に発展するのかと思うと、恐ろしくてたまらなかった。

「医務室で休んでなかったのか」
 すぐ後ろから低く抑えた声が聞こえた。美紗がはっと振り返ると、濃紺の制服を着た人影が、背中合わせに座っていた。
「大きな声じゃ言えないが、軍の情報機関同士の交流という枠組みの中に、ああいう極秘会議を挟むことも時々ある。そういったことを承知でうちに来たんじゃないのか」