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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 三、月の章

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 幼いころの自分がそうであったように、と、ケオルは言った。
「お前の性質は、おそらく感覚的なところで、俺たちと同じじゃない。俺たちにとって当たり前のように感じられることが、お前には感じ難かったり、また俺たちの感じられないものを、お前は鋭く感じ取ったりする。それはずっと幼いころから、そうだった。
 そうした根底部分の『違い』は人のうちに戸惑いを生み、不安を煽る。そうした感情は不快感となって押し寄せ、人は無意識にそれを避けようとする。何も知らなければ、自然にそうなってしまう。
 だけどキレス。それは、お前が悪いんじゃない」
 ケオルの目はまっすぐにキレスを映し、その声は力強く届けられる。
「……」 
 しかしケオルが流暢に言葉を並べるほどに、キレスの心はひやりと冷たくなってゆく。
 その言葉はどこから生まれるのか。言葉は、心を介さなくても生み出せる、それは母親を見ていれば分かることだ。
「口なら何とでも言えるんだ」
 上辺をつくろい、理解したふりをして、宥めようとする。
 そうした軽いものにしがみ付いてしまえば、簡単に破れさって、また落ちるのだと知っている。
 そんなものに揺るがされるのは、ごめんだ。
「お前だって本当は、俺の性質を怖れてる」
 キレスの指摘に、ケオルはゆっくりと、目を瞬いた。それが、本心を隠そうと身構えているようにも見えた。
「……どうして、そう思うんだ?」
 ケオルは慎重に問う。
「さっき俺が、殺した女の血に浸っていたとき」
 北の夢神をこの手で殺し、その血にこの身を浸していたとき。
 声をかけるのをためらうような、間があった。そのときのケオルの表情には、はっきりと動揺の色があった。
「……あれは――」
 その指摘に、ケオルの顔色が変わる。まっすぐ見据えていたその目は逸らされ、空をさまよう。
「そうじゃ、ない。ただ」
「本当のこと言えよ。俺に、隠しても、無駄だ」
 ほら、やっぱりそうだ。――キレスは自嘲気味に挑発する。
 すると、ケオルはつぶやくようにこう答えた。「……夢」
「夢?」キレスは瞬き聞き返す。
「ああ。まるで夢と同じだと、思って」
 ケオルはどこか言いにくそうに、口元を手で覆うと、探り探り言葉をつむぐ。
「たまに見るんだ。そういう――自分自身が血まみれになる夢。状況はばらばらだし、前後がないから、唐突にその状況が浮かぶもので、まったく同じとは言わないけど。ただ、それにそっくりだなと、思って」
 自身が血まみれになる夢。キレスは思わず息をつめる。
 あの時――自身が手にかけた女の、流れ出る血にその身を浸しながら、キレスは、彼が繰り返し見る夢を思った。
 幸福な、何にも代え難い心地よさを覚える、夢。この記憶を取り戻すよりずっと前から、継続して見続けているもの。
 ――どく、と鼓動が胸を打ち鳴らす。
(なんで、お前が――)
 同じものを知るのか。
 まさか、そんなはずはない。
 忌まれるこの性質、その象徴でもあるあの夢――。
「死がすぐ傍にあって、その血で真っ赤なのに……お前が、あんまり気持ちよさそうに見えたから」
 ケオルの声を聞きながら、キレスは思う。それこそが、忌まれる理由となるはずだと。
「夢が再現されたような、……いや、まさに今夢を見てるのじゃないかと、しばらく現実との境が曖昧になっていたんだ」
 ケオルは言いながら、それを脳裏に浮かべるように、うっとりと目を閉じた。
「そうすることが、なにより心地いい。そんな感覚――。あの時、お前が自分なのじゃないかと、錯覚していた」
 すう、と。何かが、キレスの胸のうちを駆けあがる。
 そうして静かに、広がりゆく。
(本当に?)
 決して、誰とも、共有できるものではないと、そう思っていた。自分ひとりだけが持つものであると、そう、頑なに信じ……、
 だから仕方がないと、忌避されるのは当然なのだと、理由をつけ、そうして諦めていた。
 けれど――。
(同じ……なのか?)
 ずっと高い、遠いところに立っていると思っていた。
 見ようとしても、決して捉えることなどできないだろうと。それだけ遠く隔たっているのだと、思い込んでいた。
 それが、いつの間にか、同じところに。
 自分の立つこの場。その、すぐ傍に。
 ――同調する感覚。交わる円。
 決して手に入らないと思っていたもの。それが、今、目の前にある。
 信じていいのだろうか?
 兄弟という、確かな絆。
 同じ親を持ち、同じ場所に、同じ時に生じた命。
 ……ほんの僅かでも、共有するかけらを持つのなら、
 彼以外には、考えられない。そうなんじゃないのか――。
「……」
 キレスはゆっくりと、瞳を閉じる。
 静かに、鎮めゆくものを受け入れるように。
 それから顔を上げ、双子の兄を改めてその目に映した。
 胸に浮かんだ、真新しい感覚に、戸惑いながら、
 けれどそれは、不思議と、圧し掛かっていたものを溶かしてゆくような心地よさ。
 自然に、顔がほころぶのを感じた。
 そうして、その口が、ゆっくりと開かれる。

「――!!」
 しかし、そのとき。
 突如、空間を照らす光が消え去った。
 その瞬間、二人は闇色の空間を染める雷光のようなものを目にした。
 地から湧き出す稲妻。それは激しくうねり狂うようにして上空の一点を目指し、闇の側面を駆け上がる。
「……何?」
「しまっ――!」
 キレスのつぶやきに重ねて、ケオルの声が闇に響く。
 直後、ひゅ、と空を切る音を聞いたかと思うと、闇の空間を激しい嵐が吹き荒れた。