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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

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上・血族・4、裏切りの正体



 聖域と呼ばれる場所がある。
 東西南北にひとつずつ存在するそれは、四属のエネルギーが特に集い易い場所であり、精霊の生まれる場所とも言われている。
 地属の聖域は、オアシスに面した西の神殿よりさらに西に広がる、砂漠の中にあった。川から数キロの緑地の先にある砂漠と違い、そこは砂礫のような石の形もすっかり見えず、長く風にさらされ磨り減ったような細かい粒を積み上げた、いわば砂の海だった。風に煽られた砂が視界を遮り、山と積もる黄土はひとときも同じ形を保っていない。
 シエンは砂塵の中に屈むと、腕をまっすぐ地に下ろす。すると、砂粒を混ぜてごうごうと呻りを上げていた風は消え去り、また夕日の赤い光さえ遠く押し退け、まったく別の空間が彼を包み込んだ。
 しっとりとした空気、かすかな音も拾い上げ響かせる閉じられた空間。地の底深くある洞窟――これが、地属の聖域。
 そこには、光が届かない。ただ微かに光を生む生物だか植物だかが存在していて、そのごつごつした岩肌や、何かの根のようなものが走るさま、白い植物らしいものの様子を、部分的に知らせるだけだ。
 けれど、視覚に頼る必要はない。そこに何があるか、シエンには手に取るように分かった。地属である彼は、意識さえすればその糧とするエネルギーの種類や存在を、的確にとらえることができる。
 久々に訪れたその場の、変わらず満ちるさまざまなエネルギーの存在を身体で感じ取るように、シエンはゆっくりと目を閉じ息をついた。
(ゲブ=トゥムの剣……か)
 手がかりがあるとすれば、この聖域しかない。そう考え、シエンは傷もまだ完全に癒えないうちに、この場所を訪れたのだった。
 セトと戦うたびに、感じてはいた。力が同じであれば、より強力な切り札を持つほうが有利だ。セトが剣を手にしてしまえば、こちらは不利といわざるを得ない。大地の力は強力な盾を生むが、ゲブ=トゥムの剣は、その盾を打ち砕くことができるのだから。
 今までは、仕方がないものだと諦めていた。けれど、まさか剣が二つも存在するものだとは。
 剣そのものが親から子へと受け継がれるわけではないらしい。キポルオは“剣は主が生む”と言っていた。何か、方法があるに違いない。
(キポルオは……方法を知っているだろうか)
 ……知っているに違いない。
 なぜなら、彼の父はセトと同じ、先代の大地神だったのだから。
 ――聞けなかった。
 聞けば教えてくれるに違いない、彼はそういう人だ。いつだって、積極的に何かを伝えたりすることがないのに、どうしても必要というときには必ず手を差し伸べてくれた。暖かく見つめる眼差しを感じるわけでもないのに、後になって守られていたのだと、いつも気付かされた。口数が少ないがゆえに誤解を受けることがあっても、決して反論はしない。自分が傷ついていても、そのそぶりも見せそうにない。いつも、変わらない。
 笑顔さえ人を傷つけることがあるとしたら、この人は、決して人を傷つけない人なのだと、そう思った。
(北神だったなんて……)
 衝撃だった。
 父を知らないシエンは、母の言葉によって作り出されたそのイメージを、キポルオと重ね合わせることがあった。
 父が、今のキポルオと同じ「樹神セベク」の称号をもっていたからだったかもしれない。また年上の、同じ地属であるキポルオのもつ雰囲気……常には傍にないが、無関心ではないもの。どこか遠くに確かにあると感じる心強さと、同属であるためか、漠然と感じる「近さ」。それらに、心のどこかで頼っている部分があったろう。
 それなのに――。
 父を殺した、先代の大地神。北の地属は、圧倒的な力で太陽神側の地属――同属下位の、抵抗できないものたち――をねじ伏せ、残虐にその力を、命を奪う。彼らの、強い同属意識と、ゆえに生み出される排他的な考えを、シエンは嫌悪していた。
 地属の性質は、親から子へ継がれやすい。他の属性であれば、親がどうであれ個々にその性質は変わるため、必ずしも親の位を継ぐとは限らないが、地属の場合、高位の神の子は例外なく高い神位をもつことになる。それが地属特有の神位序列であり、それゆえ地属は、他の属性に比べ上位の神の影響が強いのだ。
 その神位序列が、長く太陽神側の地属神を苦しめてきたに違いなかった。というのは、つまり戦のはじめに高位の地属神のほとんどが生命神側――北についたため、地属に限って言えば、この千年間、北が圧倒的な力を誇っていたのだ。
 同属であれば、高位な力の前には下位の力など何にもならない。巨石の下でもがく蟻のようなものだ。父が、その血を継いできた多くの祖先が、長く苦しんできたに違いない。
 父の最期が脳裏に浮かぶ。赤く筋引く剣を手にした男。父の仇――キポルオはその男の、息子なのだ。
(……違う)
 自身の考えを否定するように、シエンは首を振った。……キポルオは北神ではない。彼はセトを弟であると認める今も、北に戻ろうとはしない。太陽神側で成神し、太陽神の名の下で、樹神セベクの神号を与えられた。もう、関係ないはずだ。
 関係ない――そう何度言い聞かせても、塞いだはずの穴からじわじわと黒いものが染み出し染め上げる。そこを塞いでもまた別の、それを意識し始めると、数え切れないいくつもの穴がその存在を知らせ、ついには手に負えないほど広がり満たしてくる。
 ……そもそも母が言っていた“従兄”というのは、本当にキポルオのことだったのか……?
 十年前の戦では、南がまず襲撃を受けたと聞く。北神である彼が手引きしたとは、考えられないか――
「違う……っ」
 声を漏らしていた。黒いものが喉元まで押し上げられているようで、吐き気がする。
 これは本当に自分自身の感情なのか。この、黒く醜いものが――?
 そうではないのだと、吐き出して綺麗に無くしてしまいたいと、そう願うが、胸に張り付くように根を張り剥がれない。
 シエンはそれを吐き出そうとすように呼吸する。重く、ゆっくりと。
 知っているはずだ。あの人は、そんな人ではないと。
 剣のことを考えてみればいい、キポルオはなぜ自分にそれを伝えたのか? 手にすれば実の弟を苦しめると分かっているのに。
 たった一つの事実のために、すべてを疑うなんて。これまで受けてきた温かな助け手を、すべて無かったものとしてしまうのは、あまりにも不当だ。
 もう、彼のことを考えるのはやめよう。今は、剣を探し出さなくては。
 ふっと息をついて、シエンはあたりに意識を広げた。
 地属の長の訪問に敬意を示し、大小の精霊たちが集まっていた。
 岩盤が盛り上がり人の姿をとるもの、植物を思わせる姿をしたもの、動物に似せたもの。地に立ち上がり離れることのできないものはすべて、地属の力を象徴した。特別な形を見せないものも、ひとつの性質が一塊になっている、純度の高いものや場所などは、その存在を強調するようにエネルギーの流れを速める。それはまるで、犬が飼い主に尾を振るのと同じで、喜びを表しているようだった。
 石のような、動くことも自ら形を変えることもない物もすべて、目には見えないずっと深いところ、そのうちで、強弱に変化をくり返しているのが、シエンには確かに感じられた。ただ、見えないだけなのだ。