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海の向こうから

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五 歌のかけら



 次の木曜日、松下先生が来る日だ。今日は話したいことがあるから、やりかけのゲームはお預けにして小テストに向けた予習をきっちりした。テストの結果が悪かったらできるまで再テストされるので休憩時間のひとときがボツになってしまうからだ。先生は、顔は笑っているけど勉強の出来についてだけは厳しい。学校の先生を目指して勉強しているのという感じはとてもある。

 窓から見える蔵の向こう、相変わらず調子の悪い原付のエンジン音が近付いてきた。音が止まって呼び鈴が鳴るとお母さんの裏返ったお上品な声が聞こえる。だけど言ってる内容がマッチしない。
「もおホントに麻衣子は毎日遊んでばっかりで……」
家が古いのかお母さんの地声が大きいのかいつもその声は私に筒抜けなんだけど――。
 そんな事言ってる内に部屋の襖が開いた。
「はい、こんばんは。予習出来た?」
「バッチリチリですよ」
 今日は先生と雑談するんだ。勉強を始める前に、先生に昨日蔵の中からレコードプレーヤーを発掘してきた話をすると先生も喜んで、
「じゃあ今日はしっかり予習したってことだね」
と言ってにっこりした。先生もあのレコードが何なのか気になっているようだ。

   * * *

 二時間の勉強が終わると、私は先生を仏間に案内した。仏間ではおじいちゃんがこないだ蔵から出てきたレコードプレーヤーをセットして待ってましたの表情で私たちを招き入れた。
「うわあ、立派なプレーヤーじゃないですか」
先生もステレオセットを見て驚いている。私には大きいだけにしか見えないけど、おじいちゃんと先生の話では当時の技術ではこれが最先端なのだという。
「早速かけてみようよ」
「おお、そうじゃな……」 
 私が部屋から持ってきたレコードを盤の上に置くと、おじいちゃんは老眼の目をショボショボさせながら恐る恐る針を円盤の上に置いた。すると、ボツボツっという雑音に紛れて何やら曲らしきものが聞こえてきた。
「ほお、エエのう。このノイズ」
 私には雑音にしか聞こえないのだがおじいちゃんはこれが良いという。
「昔はどこで音飛びするのかまで覚えるくらい聞いてたもんじゃ」
「へぇ」
「参考書もどのページのどの行かまで覚えてるのと同じってことだね」
「先生はええこと言うのう。昔は今ほどいっぱい娯楽もなかったんじゃよ」
 おじいちゃんは、世の中が便利になって行くのは良いことだというけれど、娯楽だけでなく、生活のあらゆる面で情報が増えすぎて、記憶に残る前に次の情報が入って来ることを度々嘆いている。

 しかし、音が鳴り始めたのはいいけれど音は途切れるのに雑音と音飛びは終始途切れることなく、これが何の曲を収めたものかわからなく、最後は同じところで音飛びがあって、同じフレーズを繰り返して曲はいつまでたっても終わらなかった。
 期待の表情が段々落胆のそれに変わって行くのがわかった。横を見ても二人とも同じのようだ!
「おじいちゃん――」
「何じゃ?」
「昔のレコードもこんなにノイズがあったの?」
「いやいや、多少はあったけどこれほどまでは……」
 ちょっと残念そうなおじいちゃんを先生がフォローする。
「さすがに海から上がってきたものはダメでしたか……」
「機械が古いのもあるんじゃろうがの」
 曲調は古く男声で、演歌か歌謡曲と言ったような感じだ。ただ、残念ながら音が割れていて何を歌っているのか皆目見当が付かず、強いていえば日本語ではないかなと思える程度の聞いたことのない感じの言葉だった。
 私もおじいちゃんも少しガッカリした。音楽が聞けて、それを手がかりに調査が進むと思っていたがこれでは何の歌だかさっぱりわからない。
「CDと違って、断片的にでも聞けるってのはすごいと思わないかな?」
 そんな中で前向きなのは先生だけだ。確かにこれがCDなら完全に聞くことができない、100かゼロかだ。先生はそう言ってカバンからメモを取り出した。
「これで分かったことは、曲が古めかしいこと、男声であること、そして日本のものではなさそうだということ、だよね」
確かにそうだ。全体像はわからなかったけど、カケラとしての聴覚の情報を得られた。先生が気付かなかったら視覚的な情報で迷宮入りするところだった。
「やっぱり『カウホックスァーマ』なんて名前のロックバンドではなさそうだね」
「確かに、ロックではなさそうだ」
 どう考えてもこの曲は古いものに聞こえる。
「ワシが昔聞いたような感じの歌じゃのぉ」
「それっていつくらいですか?」
「うーん、昭和の中頃かのう。レコードをお茶の間で聞いていた時代もそんなもんじゃろう」
「じゃあその頃の物であると見当を付けて調べてみよう」
 私たちはもう一度レコードを再生させて、途切れ途切れのメロディを耳に覚え込ませた。
 
作品名:海の向こうから 作家名:八馬八朔