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海の向こうから

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三 中味の正体



 月曜日の夜は家庭教師の松下辰也先生が来る日だ。先生といっても市内の大学に通う現役の大学生でアルバイトで私の勉強を見てもらっている。
 先生は違う街から出てきて学校近くで下宿している。本人の話ではエアコンのない劣悪な環境でパンの耳を主食としてるような貧乏学生と言うけどあながち嘘でもなく、さらに見た目はいつも同じ服装でお洒落だとはちょっといいづらく、女の子に持てるという感じがしない。でも真面目で熱心に指導してくれるので成績は確かに上がった。そこは感謝してるし、勉強は好きじゃないけど、先生が指導してくれる二時間は嫌いじゃない。

 調子の悪そうなエンジン音とオドオドしたライト、先生が乗っている原付が近づいてきた。
 部屋前にある蔵の横で音が止まるとすぐに玄関の呼び鈴が鳴った。私はゲーム機を畳んで机にしまい、あたかも勉強をしているように気持ちを切り替えた。
「いつもお世話になってます」
 さっきまで私に使っていた声と先生を迎えるお母さんの声色が全然違う。その声は何で私には使えないのだろう、そんなくだらない事を思っていると部屋の襖が開く。
「先生、こんばんは」
「はい。ちゃんと予習できた?」
 私は声は出さずに小さく親指を立てた。ちゃんと予習をするのにはちゃんとした理由がある。

 一時間みっちり勉強するとお母さんがお茶とお菓子を持ってくる。勉強の進み具合にもよるけど、だいたいここで休憩時間になる。予習がしっかりできてなければ休憩時間まで食い込む。となれば、せっかくの時間がふいになるので私は限られた時間はしっかり勉強をする。先生もそれをわかっているので私を上手に操っている。先生も休憩時間が好きなようだ。学校の先生を目指す先生と、知恵のある大学生の意見を聞ける私、お互いの利害関係がこの休憩時間にある。

「先生、ちょっとこれ見てよ」
 先生は大学生だけあって物知りで、聞けば何でも回答してくれる、わからなくても次の回までにちゃんと調べて答える。それは見てもらってる英語と数学だけでなく、おそらく質問すること全部だ。今までくだらない質問も無下にされたことがない。
「なになに?今度は」
 先生は仕事で質問に答えているのではないと思う。私のくだらない質問を聞くのが基本的に好きなのは様子で分かるから。
 私はカーテンレールに吊るした紙製のものを取り、中身の円盤を見せた。先生なら何か知っていると思ったからだ。学校で「えー、そんなのも知らないの?」と友達に馬鹿にされる前にどうしても先生に聞きたかった。
「知らないの?」これは先生の知っているものだと顔に書いている。
「これは『レコード』っていうものですよ」
「レコード?」
 私は聞き覚えのある英単語をノートに書き付けた。
「そうそう、その綴り」
こないだ小テストで正解した単語だ。意味は記録、記録するなど。私にはこれが「記録」とは思わないのだが。 
「これは『記録したもの』なんだ。この溝に音楽が入ってるんだ」
「へえ――音楽って、こんなの?」
私は棚からお気にのCDを取り出した。合ってるのは形だけで色も大きさも違う。
「そうそう、昔はこれが主流だったんだよ。ってことは現物を見たことないんだ?」
「そういう先生は見たことあんの?」
「あるよ、だけどレコードから音を出しているところは僕も見たことがない」
「なんだ、先生も同類じゃん」
 お互いに笑みがこぼれた。これは円盤ではなくレコードという、CDと同じように曲を記録したものだ。平成生まれの私には馴染み無い、というのもちょうど時代が平成になったころレコードはCDに変わってゆき、今では家庭で見られなくなったと教えてくれた。
「あとね、これは何て読むの?」
「どれどれ……」
 私は円盤を先生の目の前に見せて、中央に貼ってあるラベルにかかれた文字を見せた。これも水に濡れて所々がかすれて読みにくくなっているけど辛うじて手書きのアルファベットで

   Каuнохама

と書いているのだけが分かる。ただ意味がわからない、ついでに言えば読み方も。
「『カウホックスァーマ』とでも読むのかな?」
そのまま読むと先生は口を押さえて笑いをこらえた。
「読んで意味がわかったかい?」
「いえ全然、でも売れないロックバンドの名前かも」
 先生はクスクスと笑った。
「面白いけど何か違ってそうだね」
 しばらく二人で考えたが結局何のことか分からず、先生はおきっちりメモをしている。私が頼まなくても調べて回答をしてくれると思うとちょっと嬉しくなった。

「ずぶ濡れになってるから絶対壊れてるよね」
「そうでもないかもよ。これはアナログだから、CDと違って再生出来る可能性は、ある」
 先生の話ではCDなら水に濡れてしまえば再生出来ないだろうが、アナログなら刻まれた溝そのものに情報があるので可能性があると言うのだ。水没した携帯電話は使えないけど、本なら読めるかもしれないと例え話を出した。 
「でもどうやって再生するの?」
 自分のCDプレーヤーの蓋を開けてそれを冗談で入れてみた。大き過ぎて当然入る筈がなく先生をクスッと笑わせるくらいはできた。
「専用の機械がいるよ、当たり前だけど」
「やっぱりダメダメじゃん、そんな『20世紀のの遺品』なんか見付かんないよ」
「あるじゃん、そこ」
 そう言いながら先生は私の方を指差した。でも目線の先は私じゃない、その後ろだ。
「ああ、あれね!あれ。確かにあるかも」
私も後ろを向いて窓の外を見た。そこから見える一番目立つもの。そう、今ではほとんど使われていない『20世紀の遺品』がある。大きな蔵だ。 
 夏の暑い時期に一度だけおじいちゃんと蔵の中に入ったことがあって、そのときに見たものの中に古い電化製品や家財道具が捨てられずに蔵に残っていたのを見たことがある。もしかしたらその中にレコードを再生する機械があるかもしれない。
「本当だ!明日早速おじいちゃんに開けてもらうよ」
 その時時計のアラーム音が鳴った。
「はい、休憩終わり。次行くよ、次」
「はーい……」
 気持ちを切り替えて勉強モードになったけど、捨てるつもりだったものの正体が気になって頭の片隅に残っていた――。

作品名:海の向こうから 作家名:八馬八朔